2008年08月14日

学士様の歴史にまた一ページ

題名のないコメントは原則として拒否させて頂いてます

自分が一番偉い,自分が一番賢い,という痴呆的プライドを持った人を,私は一番大嫌いです.人間というのは弁護士にしろ医師にしろ,専門家の資格を持った所で,それはたかが一人の「インテリ」に過ぎません.私の家系は室町時代から医師や建築家や武器製造などの理科系の専門家集団でした (一応弁護士や公認会計士もいますけど).でも,3高から警察へ入った祖父も一人の化学者に過ぎず,長じて出世したあとも自分が偉いとは一言も聴いたことがありません.(ばあちゃんの話だと,まさに大分県の教育委員会同様,警察の昇進にはワイロが必然でお金のやりくりに苦労したとか)

誰か学士様の経歴表持ってきて。

あとなんか自己嫌悪にさいなまれていて大変そうですね。

タグ:kaetzchen
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2008年08月12日

佐々木さんは本当に大変だなあ

毎日新聞社内で何が起きているのか(下)

7月20日に毎日新聞が低俗記事についての検証紙面を掲載したが、その直前に私は同社の上層部の人と話す機会があった。このとき私は、次のように話した。

――マスメディアとインターネットの対立は、団塊の世代をはじめとする中高年と、30代のロストジェネレーション世代を中心とした若者層の世代間対立という背景事情を持っている。この対立はブログ論壇がネットの空間の中に現れてきた2004年ごろからくすぶりはじめて、2005年には郵政解散でこの対立が顕在化し、小泉元首相批判を繰り返したマスメディアに対しネット世論は小泉指示に回った。小泉圧勝という結果は「マスメディアよりもネット世論の方が正しかった」という初めての勝利体験をネットの世界にもたらしたが、しかしその後はこうした対立が鮮明になるような状況は生まれてきていなかった。これがある種の焦燥感となって「ブログの世論はリアルに何の影響も与えていないじゃないか」という悲観論の台頭を許す結果となり、「ブログ限界論」という言葉で語られるようになり、〇七年末にブログ圏で大激論を巻き起こすことになった。

――毎日新聞は団塊の世代が役員や編集幹部を務めており、団塊の世代やそれよりも上の世代のために作られたマスメディアである。それは若い世代に説得力のある言論空間をまったく生み出していない。インターネットに対して根拠のない批判を繰り返しているのも、若い世代に対する年配の世代のある種の危機感の表れでしかない。

――こうしたくすぶり続ける対立状況の中で、毎日という団塊世代を象徴するようなマスメディアが、あり得ないような事件を引き起こした。これは単なる局所的な紛争ではなく、ネットとマスメディア、そして世代と世代の対立の戦争である。毎日の低俗記事問題は、まさにその戦争のトリガーとなったのだ。

――ブログにせよ2ちゃんねるにせよ、ネットの言論空間で最も重要視されるのは、可視性と論理性である。つまりものごとのプロセスをきちんと開示すること、そしてその上できちんと無理なくロジックを積み上げていくような議論が求められている。毎日の事件発覚後の対応は、同じマスメディア仲間に対してであれば許されたかもしれないが、しかしネットといういまや巨大化した世界に対する対応としてはあまりにも不十分である。多くの人が苛立っているのは、公式コメントの向こう側で毎日社員たちがいったい何を考えているのか、ネットとどうつきあおうとしているのかというその姿勢がまったくオープンにされていないことだ。

そのようなことを述べた私に対して、「ネットの世界でわれわれの考えをオープンにするというのは、どのようなことをするということなのか」と聞かれた。私は「方法はいくつもあるだろうが、とにかく肉声で、本音ベースできちんと一連の騒動を語ってほしい」と答えた。だが残念ながら、現段階でそのような表明は、毎日の側からは公式には行われていない。

毎日幹部へのロングインタビュー

しかし実は私はこの時期、毎日新聞社から内容についての了解を得た上で他媒体に掲載するという約束のもとに、同紙デジタルメディア局幹部に長時間のインタビューを行っている。このインタビューの中で幹部は、実に率直にかつ真摯に、今回の事件の背景や事後対応の内情などについてつぶさに語ってくれた。ただこのインタビュー内容については、残念としか言いようがないのだが、現段階では公表できない。毎日の本当の内情を幹部みずからの言葉で語っており、驚くほどに興味深い内容で、絶対に公表すべき内容だと私は考えているのだが、しかしこのインタビューに関しては、最終的にゴーサインは出なかった。理由は後で述べる。

ただしこのインタビューを行ったという事実に関しては、外部に公表すると毎日側にも通告してある。なぜ公表を決めたのかと言えば、実のところ私自身の個人的なリスク回避の問題だ。

こういうことである。実はこの取材を行った数日後から、このインタビューを私が行ったという事実が、外部にあちこちでリークされていることがわかった。それが毎日社内からリークされているのかどうか、またなぜそのような情報が出回っているのかという理由もわからないのだが、「佐々木と毎日が何らかの裏取引をして、インタビュー記事をストップさせることに合意した」というような事実ではない偽の情報が、ひとり歩きしてしまう恐れがある。

そのリスクを回避するためには、インタビューを行ったことをこの段階でいったん公表する方が良いだろうという結論に、私なりに達した。新聞業界というのはきわめて政治的で、恐ろしいところである。何が起きるのかわからないので、リスク回避をこのようなかたちで行うことについてはお許しいただければと思う。

さて、なぜゴーサインが出なかったのだろうか。「営業現場へのさらなる波紋を回避したい」というのが毎日の側の理由だが、その背景には、毎日の「情報開示」に対する姿勢の問題がある。この会社の主流派の人たちが、社会に向けての情報開示についてどのような姿勢を持っているのかということを、象徴的に示しているのだ。

なぜ「ネット君臨派」は怒っているのか

前回のエントリーでも書いたように、毎日社内にはインターネットに批判的な「ネット君臨派」の人たちがいて、彼らはネットに対しては情報を徹底的に絞るべきだと考えている。「情報統制派」という呼び方をしている人もいる。彼らは「検証紙面以外に情報を出す必要はない。余計な情報を出すと燃料投下になる」と言い続けている。だから社が検証紙面で打ち出したおわび以外に、幹部がインタビューで自分自身の言葉を使い、自分自身の気持ちを率直にしゃべるなどということは、絶対にするべきではないと考えている。彼らの戦略はただひとつだ――余計な情報は出すな、ネットの連中は黙殺しろ。

彼らは前回のエントリーに関しても、「佐々木の記事が新たな燃料投下になった」とカンカンに怒っているらしい。実際、私が前回のエントリーを公開し、その中で「現在は毎日jpへの広告が復活している」という趣旨のことを書いたことで、毎日新聞の広告主に対する電凸が再び行われ、広告は再びストップした。だから彼らは「佐々木は毎日を潰そうとしている」「社内の事情も知らないくせに妄想を書きやがって」と私を激しく非難しており、「誰が情報を佐々木に漏らしているのか」という"犯人"探しも行われているようだ。これらをすべて、私は毎日社内からのメールで知った。

しかし一方で、ネットに歩み寄るべきだと考え、情報を統制すべきではないと考えている「反統制派」の人たちからは、私に次のようなメールも送られてきている。「会社の幹部たちが、なぜ情報を統制しようとしているのか理解できない。社内の情報をすべて表に出して、謝罪してゼロから出直すべきだと考えています」「そこまでしてネットと対決して何をもたらすのか、先に何が待ち受けているのかわかってない人が多すぎます」。しかしこうした声は残念ながら多数派ではなく−−あるいは社内におけるサイレントマジョリティなのかもしれないが、しかし大声にはなっておらず、「情報統制すべき」という大声にかき消されてしまっている。

私は毎日新聞の社員でも重要な取引先でもなく(最近は毎日関連の仕事はほとんどしていない)、毎日を援護射撃して盛り上げようとは思わないし、逆に潰そうなどという大それたことも思っていない。ただ新聞というマスメディアとしての責任と、きちんと取るべきスタンスを取ってほしいと求めているだけだ。そうしなければ新聞社というマスメディアとネットの正しい関係は生まれないし、ネットにも良い未来をもたらさないと思っている。しかし毎日社内の多くの人たちには残念ながら、そう理解してもらえていない。

燃料投下とはそもそも何を意味するのか

もちろん、毎日の統制派の言うように、「情報を出すと2ちゃんねるに対する燃料投下になり、スレッドがまた伸びてしまう」という彼らの考え方は、短期的な視点に立てば、決して間違いではない。マーケティング業界でも、ブログ炎上対策のひとつとして「余計な燃料投下は止めておこう」といったことがよく言われている。だがここで言われている「燃料」というのは、いったい何を指しているのかということを、もう一度考えてみてほしい。

一般にブログ炎上対策で言われる「燃料投下」は、無駄な反論やコメント削除などのことを指している。きちんとした説明や情報開示は「燃料投下」とは呼ばない。最近は少しずつ定義が拡大し、たとえば船場吉兆のように、あとから「実はこれもやってました」「あれもやってました」と実態が少しずつばれてしまい、、どんどんひどい実情が明らかになっていくことも「燃料投下」と呼ばれるようになってきている。だがここまで定義が拡大しているとしても、「きちんと情報を全面的に公開すること」「当事者が自分の言葉で率直に気持ちを語ること」は、予想もしなかったようなさまざまな波紋を投げかけるかもしれないが、しかし決して「燃料投下」とは呼ばれるようなネガティブな行為ではない。

インターネットというのは、場である。その場に新たな情報が投げ込まれれば、水面に石を投げ込んだときのように必ず波紋が起きる。ブログのエントリーはアップされ、2ちゃんねるにスレッドはできる。はてなブックマークでブクマがされる。電凸も行われるだろう。

そうした「波紋」を主導しているのが、掲示板やブログを荒らしを行っているような少数の人間であるのなら、たしかに無視してもかまわないだろう。ブログのコメント欄に粘着質かつ無意味な書き込みをしてくるような人物はいつの時代にも存在するし、そうした人物にいちいち関わっていても、得るものはほとんどない。無視するのは当然である。

ネットユーザーは「荒らし」ではない

だがネットで言論活動をしている2ちゃんねらーやブロガー、はてブユーザーたちの大半は、そのような「荒らし」ではない。もちろんネットの世界は、決してフラットではない。秀逸なエントリーや作品などのコンテンツを生み出す人や、それらのコンテンツを的確に批評する人などのインフルエンサーがいる。そうしたインフルエンサーを支持し、あるいは批判して、ブックマークしたり、コメントを加えたりする人もいる。さらには他人の意見に流されやすく、付和雷同してしまう人もいる。そうした重層構造によってネットの世界は構成されていて、彼らのインフォコモンズ(情報共有圏)の集合体によってネットの言論空間はここまで育ってきている。

しかも彼らの多くは(おそらくは)まっとうな生活人であって、そもそもがネット人口がこれだけふくれあがってきている中で、社会の少数派ですらなくなってきている。いまや多数派といっても良いほどの一大勢力となっているのだ。そのような状況の中では、ネットの世論はリアルの世論に限りなく近づきつつあるし、この世界を無視しては世論形成さえおぼつかなくなってきている。おまけにネットの世界はいまや、電凸という良くも悪くもリアル世界に影響を与える武器を手にしてしまっている。ネットからリアルへの戦線の拡大は、今後もますます大きくなっていくだろう。

しかし新聞社の側は、その事実をまだほとんど認識できていない。認識できないどころか、いまだに「ネット利用者は少数派の気持ち悪い連中」と思い込んでいる。おまけに「燃料投下」などというゴロの良いネット流行語にすっかり踊らされ、誤用した挙げ句に変なネット対応にはまり込んでしまっている。私にはその姿は情けないものにしか見えない。ネットに踊らされた挙げ句に「君臨」されてしまっているのは、彼ら自身だ。

実際、PJニュースの「インターネット関連のメディアには回答できない=毎日新聞英語版の検索エンジン拒否で」という記事では、取材に対応せず情報を統制することが、逆に見事な「燃料投下」になってしまっているではないか。

なぜ炎上を恐れるのか

正しいやり方でまっすぐに情報を提供していけば、いったんは燃え上がるかもしれないけれども、それは否定すべき「炎上」ではない。それらはただ燃え上がらせるための「燃料」ではなく、じっくりと問題を考えてもらうための「燃料」なのだから。そもそも炎上を防いでネットの空間を制御しようという考え方自体が誤っているのであって、ネットの空間を制御することなどできない。私が書いているこのエントリーだって、いつ批判の対象になるかは私にもまったく予想できない。ただ正しいことを書いていれば、誰かが賛同してくれるだろうと信じて書いていくしかない。「燃料投下をやめて情報を絞ろう」「情報を統制してネットが燃え上がらないようにしよう」などとコントロールできると思っているのが大間違いなのだ。

インターネット時代の危機管理とは、徹底的に情報をオープンにし、発生経緯から事後対応の些細なことまですべてまとめて表に出してしまうことである。ネットという冷酷で、しかし信頼の高い世界では、「内輪だから」「偉いマスコミだから」という理由では、誰も許してはくれない。徹底した情報開示こそが、この信頼世界で生きていく術なのだ。

前回のエントリーを公開してから、私のところに来たある新聞社の中堅幹部は「うちの上層部も、毎日の事件で震え上がってますよ」と言った。震え上がっているのだったら、どう震え上がっているのかを書いてしまえばいいと思うのだが。

「……こいつは怖がっているぞ!」

『スターシップ・トゥルーパーズ』というSF映画がある。ロバート・A・ハインラインの小説『宇宙の戦士』をポール・バーホーベンが映画化した一九九七年の作品だ。昆虫型異星生物(バグス)が地球に襲来してくるというお話で、兵士たちの奮闘ぶりがストーリーの軸になっている。この映画の最後の方で、バグスの頭脳部分を担っているブレインバグスを地球連邦軍が捕獲するというシーンがある。バグスは凶暴な昆虫で、いったい何を考えているのかがさっぱりわからない。さっぱりわからないが、次々に襲来してきては、地球人を殺戮していく。彼らが何をいったい考えているのかを地球人としては知りたくてしかたない。そこで主人公のひとりで、他者の心を読む超能力を持ったカールが捕獲したブレインバグスに初めて手を触れ、心を読み取る。そして数秒後、まわりで見守っている兵士たちに向かって、カールは嬉しそうな表情で叫ぶ。

「……怖がっている。こいつは怖がっているぞ!」

いまの日本の新聞社とインターネットの関係は、ブレインバグスと地球人ぐらい遠い。ようやく「怖がっている!」と理解できた程度で、大半のネットユーザーは新聞記者たちが何を考えているのかさっぱりわからないという状況だろう。本来両者はメディアとして補完関係になっていくべきなのだが、まだ道のりははるかに遠い。新聞はインターネットをきちんと認識し、理解するところから最初の一歩を踏み出すべきだ。

朝比奈社長についてのお詫び

前回のエントリーで、毎日の朝比奈豊社長は「東大農学部の全共闘メンバーだったと言われている」と書いたが、複数のルートから「朝比奈社長は全共闘のメンバーではなかった」というご指摘を受けた。同じ空気を共有していたのは事実だが、全共闘という組織のメンバーではなかったということだ。お詫びして訂正したい。とはいえ、朝比奈社長が学生紛争の世界に身を投じていたのは間違いない。私も本人からそう聞いている。

前回のエントリを上げた後も2chでは「佐々木は毎日新聞の意を受けてこれでもうおしまいにさせようとする工作員」とあまりにも気の毒なことを言われていたのですが、毎日のほうでもかよw 南京大虐殺論争でいわゆる中間派が左右両方から叩かれて大変な様になっていたことを思い起こさせます。今回の記事でも逆に潰そうなどという大それたことも思っていない。という一文をあげつらってケチョンケチョンに言われるんだろう。まことにご苦労なことです。

しかし、今回毎日新聞には潰れてもらうとして今後も未来永劫ネットとマスコミは不倶戴天の敵どうしていいのかといえばおそらく違うだろう。そもそも生息域が違うし共存は十分可能だと思う。ただ、一方が一方を一方的に従属させることが出来るかといえばNOだろう。

世代間の話はどうかなあ。佐々木さんはよくこの話を持ってくるけれども、世代というよりも現実離れした浮かれた論調に対する否定だと思っていて、特に世代は関係ないのではないかと思う。しかしその平和とか人権とか耳あたりのいい言葉が席巻していた時代もあったし、それは朝比奈wなんかの世代だろう。しかしこのような頭のおかしい人は我々の世代にも残念ながらいる。どんな世代にも脳がスカスカの人間はいることだろう。

まあ、「佐々木は毎日を潰す気か!」というのは結果から見れば正しいかも知れな。間違いなくこのエントリのおかげで毎日の謝罪ハードルの高さは上がっているのだから。しかしそれは自分達で自浄作用を発揮できない毎日の自業自得なのだ。

posted by ミラクルさん at 01:25| Comment(6) | TrackBack(0) | BLOG談義 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月10日

バーカ

リアルクライマーズ・ハイ・・・今年も巡る「あの日」

当時堀端は高3の夏。予備校から帰って飯の時間だったが、関西中のTV局は一部通常番組に挟みながら、NHKは通常番組を中止して日航機事故報道を伝えていた。以前同じ記事を書いた際に、親父が帰ってきて電話連絡をしていたことの記憶を書いたが、親父は医師会を通じて万一に備えて検死のための医師を派遣する段取りをどうするか、京都府医師会と連絡を取っていたそうである…最近になって聞いた話だ。

父は10年後、阪神大震災の時に医師や機材の手配に奔走することになろうとは夢にも思わなかっただろう。

当時のTVニュースを見てふと疑問に思うことが幾つかある。それは米軍の動きだ。日本の航空当局は123便の行方を必死に探していたが、米軍情報で123便が群馬・長野県境に墜落したことを確認していたと言う。何故米軍がこれ程までに行方を正確に伝えていたのだろうか?。もっとも、日航機が瞑想した空域の管制権は、つい最近まで米軍が握っていたことは記憶に新しい。123便に対して米軍が横田基地へのアプローチが可能になった事を伝えた事はそれを裏付けることだが、其れほどまでに米軍が123便を追った理由とはなにか?未だに明らかとなっていない。

この話には2〜3年前から怪情報が流れている。当時米軍が日本の航空当局に無断で演習を行っていたといわれ、その流れ弾(模擬ミサイル)が日航機に命中したのではないか?と言う実しやかな噂である。伊丹空港でしりもち事故を起こしながらも、後部隔壁の一部しか損傷せず、その後は定期運行に復帰し問題なかった事故機が、なぜ意図も簡単に通常営業飛行の中で隔壁破壊を起こしたのか?である。長時間の飛行による金属疲労で片付ければ簡単だが、其れで済むのだろうか?。

実はその後、同じ隔壁破損事故を起こしたタイ航空機事故では、乗客の中に「耳や頭が痛くなり、周囲が真っ白になった」との証言があるが、日航機事故の生存者がその後の事故調の公開質問で、そのような事は一切なかったと証言している。かつ、隔壁破壊で抜けた室内の空気が垂直尾翼を破壊したと結論付けてるが、機内の与圧された空気が垂直尾翼を損傷させるだけの圧力があったか、疑問視する専門家は今なお多い。しかもその後回収された期待の破片の中に垂直尾翼の部品は数点しかなく、与圧空気による破壊を決定付ける資料は皆無に等しい。一体これは何を意味するのだろうか?。

日本の航空機事故では原因がうやむやにされたケースが多い。史上初めて空中衝突事故となった全日空機雫石事件でも、なぜ自衛隊機が通常の営業航空路に迷い込んだのか?それすら明らかにされていない。

この話を2〜3年前に聞いた堀端のリテラシ能力の無さに脱帽。少なくとも10年前にはこの話は本になって出ていた。当時先物屋をやっていたおいらも東京駅の書店で購入したから間違いない。まあ、全編「かも知れない」「だったのではないか」という疑問系のオンパレードで123便墜落事故を徹底究明という帯に騙された感は否めない。

んでもうなんか馬鹿馬鹿しくて反論する気にもなれないのだが、人間有り合わせの知識と少しの妄想力と有り余る怨念があれば何でもかけるといういい見本だと思う。もちろんこういう陰謀説を言い出す人間は反論に耐えられる証拠は一切出さない。無人標的機が否定されれば巡航ミサイルに、巡航ミサイルが否定されれば(特定しない)ミサイルにくるくると説を変化させることも厭わない。

圧力隔壁の毀損は修理ミスで多分FAだし、米軍が123便の行方を気にしたのは操縦桿の聞かない飛行機が近所をふらふらしていたらそりゃ気にするさ。真っ先に123便に「アーユーコントローラブル?」と聞いたのもこの裏づけになるだろう。どうも堀端の頭の中では米軍は悪の組織なのでこういうお助けはしないものと頭から決め付けてかかっているのではないか。

惜しむらくはやっぱり救助活動の初動の遅れだろう。現場がとんでもない山奥であり、埼玉、群馬、長野3県の境付近にあることとはいえ、もう少しなんとかならなかったのか的な物言いは避けられないと思う。現在は神流川沿いに林道が伸びているが当時はそんな道なんて無かったことを想起してもらいたい。この道はこの事故の為に作った道です。地形図にもある通りこの林道は墜落現場の記念碑まで延びています。

雫石事件も何やかや言ってますが、これは全日空機が自衛隊機の訓練空域内に飛び込んだせいで発生した事故だとおいらは認識している。ただ、当時の航空管制が非常にお粗末だったことも原因に上げられるし、自衛隊機もぶつかる前に気がつけよと考える。しかし、自衛隊機が通常の営業航空路に迷い込んだということだけは絶対にない。

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2008年08月08日

アッテンボロー家の夏休み

8・6ヒロシマ大行動

集会後のデモに出発となったとき、私は後ろの方にでも付いていこうと思ったのであるが、息子が学生・青年の隊列に入りたいと言い出して、結局若者に混じって中年のオッサンがデモをすることになった。若者の隊列の横には乱闘服姿の機動隊が並進規制を行っていたのであるが、息子ときたらマルキの盾を蹴飛ばすは、体当たりするは好き放題暴れていた。周囲の人も褒めてくれたので余計に調子に乗ってしまった。勝手にゲバをする奴は統制を乱すので困るのであるが・・・ 今の内は子供のイタズラで済むから良いものの、もう少し大きくなったらしっかり注意しないといけない。

そして、何故か全学連の学生に懐いてしまい、「お兄ちゃん」と言って腕にしがみつくのである。デモ解散地点では全学連の学生に混じって委員長と一緒に肩を組んでインターナショナルを歌う始末である。 更には学生さん達と一緒になって記念撮影までしてしまった。息子は「広島は楽しかった」と大満足であった。

ああ、またアッテンボローの家に担任が血相を変えてやってくるのか。んで、奥さん大激怒か。勇樹君(仮名)がネットを閲覧するようになったら、勇樹君(仮名)の友人がネットを閲覧するようになったら彼の世界はどうなるんだろうか。他人事ながら非常に心配ではある。

posted by ミラクルさん at 18:46| Comment(2) | TrackBack(0) | BLOG談義 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月07日

これも自民党の印象操作!

「こんな個人サイトはイヤだ」ベスト20

  1. 画像が多くて、重い
  2. ポップアップがどんどん開く
  3. アフィリエイトバナーがたくさん貼られている
  4. 「準備中」「作成中」のコンテンツだらけ
  5. なにかあったら音が鳴る
  6. よく分からないプラグインを勝手にインストールしようとする
  7. リンクが切れているところが多い
  8. なんのためらいもなくPDFファイルへのリンクが貼られている
  9. トップページからFlash
  10. 目に優しくない背景色(黄色や赤色など)
  11. 過激な主義・主張(差別、原理主義的な思考など)
  12. マウスカーソルになにかキャラクターがくっついてくる
  13. 文字が小さすぎる/大きすぎる
  14. ブラウザのサイズを勝手に変えられる
  15. サイトを見ても何を伝えたいかがわからない
  16. 右クリック禁止
  17. エイプリルフールネタは「サイトを閉鎖しました」「管理人は死亡しました」
  18. ほかのページが新規ウインドウで開く
  19. 機種依存文字を多用している
  20. 個人の顔写真、タレント写真など無許可の画像を掲載

SOBA大先生が「これも雑談日記が政権にとって脅威を与えている証拠。しかし相変わらずネットの印象操作は酷いものがありますネ」とかいうと思うよ。

17位は愛人秘書が今年やったな。馬鹿だな。

タグ:soba
posted by ミラクルさん at 22:43| Comment(2) | TrackBack(0) | BLOG談義 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

類は友を呼んだりするのかも

Googleさんが新しいサービス「ストリートビュー」を始めたということなので早速見てみました。どこを見たかと言いますと、先日馬鹿のところで「六本木ヒルズは実は窪地にあるスミダ」とか言い出していた人がいたので、調べてみようかなと。


大きな地図で見る

おやおや、この登り階段はなんだろう?

posted by ミラクルさん at 00:17| Comment(4) | TrackBack(0) | BLOG談義 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月06日

佐々木さんも大変だなあ

毎日新聞社内で何が起きているのか(上)

電凸が引き起こしたすさまじい破壊力

毎日新聞の英語版サイト「毎日デイリーニューズ」が女性蔑視の低俗記事を長年にわたって配信し続けていた問題について、この一か月の間、毎日新聞社内外のさまざまな人と会った。

その結果わかってきたのは、この事件が毎日のみならず新聞業界全体に与えたインパクトた影響は皆さんが想像しているのよりもずっと大きく、その破壊力はすさまじい状況を引き起こしているということだ。これはインターネットとマスメディアの関係性を根底からひっくり返す、メルクマールとなる事件かもしれない。

何が起きているのかをざっと説明しておこう。まず最初は、ウェブサイトへの広告から始まった。ご存じのように毎日のニュースサイトである「毎日jp」の広告は、7月中旬から一時全面ストップした(現在は復活している)。毎日に広告を配信するアドネットワークを運営しているヤフーが、広告供給を停止したからだ。名前は公開できないが(以降、差し障りのある話ばかりなので、証言はすべて匿名になってしまっていることをお許しいただきたい)、あるヤフー社員は次のように証言している。

「スポンサーの多くから『毎日への広告を止めてくれ』と要請があったんです。我が社のアドネットワークは、複数のメディアに同時に広告を配信しているので『ひとつの媒体の広告だけを止めるのは技術的には難しい』といったんは断ったのですが、あまりにも要請が多く、押し切られたかたちですね」

この社員が語っているように、毎日に広告を出稿しているスポンサー企業や提携先、関連団体などに対して、広範囲な「電凸」(電話作戦)が行われた。その対象となった企業や組織の総数は、毎日社内の集計では二〇〇社以上に上っている。この結果、広告出稿の停止はウェブから本紙紙面へと拡大し、誰でも知っているような大企業も含めて相当数のスポンサーが、毎日紙面への広告を停止する措置をとった。

毎日広告局員の証言。「『おまえのところの不祥事で、うちのお客様相談窓口がパンクしてるんだぞ!』とスポンサー側担当幹部から怒鳴られ、広告を停止させられる処分が相次ぎました。いま現在、必死で幹部がスポンサーまわりをして平身低頭し、何とか広告を復活させてもらえるようにお願いにまわっているところです」

背景には新聞広告の衰退がある

なぜスポンサーがここまで怒っているのか。もちろん毎日の低俗記事配信は許し難い行為ではあるものの、実は理由はそれだけではない可能性がある。大手広告代理店の幹部はこう説明してくれた。「毎日は新聞業界の中でも産経と並んで媒体力が弱く、もともとスポンサーは広告を出したがらない媒体だった。たとえば以前、大手証券会社が金融新商品の募集広告を朝日と毎日の東京紙面に出稿し、どのぐらいの募集があるのかを調べてみたところ、朝日からは数十件の申し込みがあったのに対し、毎日からはゼロだったという衝撃的なできごとがあった。比較的都市部の読者を確保している朝日に対して、毎日の読者は地方の高齢者に偏ってしまっていて、実部数よりもずっと低い媒体力しか持っていないというのが、いまや新聞広告の世界では常識となっている」

そしてこの幹部は、こう話した。「景気が後退し、そもそも広告予算そのものが削減される方向にある。それに加えてインターネット広告の台頭で新聞広告の予算はますます減らされる状況にある中で、毎日の広告など真っ先に削られる運命だった。そこに今回の事件が起きたことで、スポンサー側としては事件を口実にして、一気に毎日への広告を止めてしまおうという戦術に出ているようだ。これまで毎日は媒体力の低下を必死の営業で何とか持ちこたえてきていたが、今回の事件で一気に堤防決壊に向かう可能性がある」

この毎日の現状は、他紙にも知られつつある。ネットの世界では「朝日や読売が漁夫の利で毎日を追い落とす口実に使うのではないか」といった声も出ているが、しかし業界全体をとってみても、そういう雰囲気ではまったくない。毎日を追い落とすどころか、「次はうちがやられるのではないか」という不安と恐怖が、新聞業界全体を覆いつつあるのだ。

恐怖感が新聞業界に蔓延している

別の全国紙社会部記者の証言。「毎日の低俗記事事件をきちんと報道すべきという声は部内でも多かったし、僕もこの問題はメディアとして重要な事件だと認識している。でもこの問題を真正面から取り上げ、それによって新聞社に対するネットの攻撃のパワーが大きいことを明確にしてしまうと、今度は自分たちのところに刃が向かってくるのではないかという恐怖感がある。だから報道したいけれども、腰が引けちゃってるんです」

この事件のマスメディアでの報道が少なく、扱いも小さいのは、「同じマスコミ仲間を守ろう」というような身びいきからではない。この記者も言うように、不安におびえているだけなのだ。

こうした状況に対して、毎日社内ではどのような受け止め方をされているのだろうか。

知っている方もいらっしゃるかと思うが、私はかつて毎日新聞で社会部記者をしていて、社内に知人は多い。現在の朝比奈豊社長は二十年近く前、私が地方から上がってきて、憧れの東京社会部で初めて参加した『組織暴力を追う』取材チームの担当デスクだった。その後彼が社会部長となってからも、部下として良い仕事をたくさんさせてもらった。私が会社を辞めるきっかけになったのは、脳腫瘍で倒れて開頭手術を受けたからだが、このときもずいぶんとお世話になった。いわば恩師である。

また法務室長は私が遊軍記者時代に直属の上司だった人だし、社長室広報担当は一緒に事件現場にいったこともある先輩記者だ。毎日新聞社前で行われたデモに対応した総務部長も、尊敬する先輩記者である。デジタルメディア局長は毎日時代はおつきあいはなかったが、ここ数年はとても仲良くさせていただいている人である。今回の事件では先輩や上司や恩師や、そういった私にとっては「身内」的な人が総ざらえで出演していて、なんだか悪夢を見ているような感覚がある。

なぜあり得ないほどひどい事後対応だったのか

しかしながら恩師や先輩や上司の人たちに背くようで申しわけないけれども、今回の事件に対する毎日新聞の事後対応はあまりにもひどすぎた。すでにあちこちで指摘されているが、まず第一に六月二十八日に本紙に掲載した「おわび」記事の中で、「インターネット上には、今回の処分とは全く関係のない複数の女性記者、社員個人の人格を著しく誹謗・中傷する映像や書き込みが相次いでいる。毎日新聞はこうした名誉を棄損するなど明らかな違法行為に対しては、法的措置を取る方針でいる」という文言が加えられていたこと。

第二に、取材に対する対応があまりにも酷かったこと。たとえばこの問題をメディアとして最初に報じたJ-castニュースに対する木で鼻をくくったような対応や、PJニュースの市民記者に対する信じられない対応ぶりを見れば明らかだ。

そして第三に、毎日社内でこの問題をどうとらえ、どのような議論が行われ、そして社員たちがどうネットからの反応を受け止めているのかといったことが、まったく表に出てきていないこと。7月20日には見開き二ページを使った検証紙面が掲載されてはいるのだが、この記事では事件を起こした経緯が書かれているだけで、その後の事後対応についての考え方についてはいっさい触れられていない。それどころか記事内では、ジャーナリスト柳田邦男氏の信じられないコメントが掲載されていた。「失敗に対する攻撃が、ネット・アジテーションによる暴動にも似た様相を呈しているのは、匿名ネット社会の暗部がただごとではなくなっていると恐怖を感じる」

こうした対応だけを見ると、毎日社内は「反ネット」に凝り固まり、ネット憎悪の気持ちだけがふくれあがっているようにも見える。しかし現実の毎日社内はそれほどの一枚岩ではない。そもそもこの会社の特徴は、ガバナンス(内部統率)という言葉が存在しないほどに無政府的なことであって、まともな社論もなければまともな組織もない。ガバナンスがないから、異様なぐらいに天皇制を攻撃する変な記者がいたり、今回の事件でもオーストラリア人記者が上司の目のないところで低俗記事をまき散らしていた。要するに社員の大半は上司の命令など無視して、自分のしたいことを好き勝手にやっているだけなのだ。

しかしそうしたガバナンスの欠如は、悪いところであるのと同時に、良いところでもある。毎日が調査報道に強く、新聞協会賞を数多く受賞しているのは、そうやって好き勝手な記者たちが自分のやりたいことをやり続けている結実でもあるからだ。実際、私にとっても毎日新聞という会社は自由で居心地の良いところだった。

ガバナンスの不在

そういう会社が一枚岩であるわけがない。だがーーそこがまたこの会社のきわめて中途半端なところなのだがーー今回のような事件が起きると、急に「ガバナンスをきちんと確立しないと」という機運が高まり、外部に対して情報を絞り、一元化しようとする。本当は無政府状態なのに、必死に一枚岩に見せようとして、結果的に「毎日はネット憎悪で凝り固まっている」というイメージを固めてしまう結果となっている。馬鹿としか言いようがない。

しかし実際には、毎日社内にはかなりの論争が起きているというか、対立のようなものが発生している。端的に言えば、それはネットに対して歩み寄ろうとしている人たちと、ネットを批判している人たちの対立である。後者のネット批判者たちの中心には、昨年正月に毎日紙面に連載されてネットの言論空間でたいへんな物議を醸した『ネット君臨』に関わっている人たちがいる。

『ネット君臨』について私の立場を言っておくと、昨年にはこのCNETのブログで、「毎日新聞連載『ネット君臨』で考える取材の可視化問題」「毎日新聞『ネット君臨』取材班にインタビューした」という2本のエントリーを書き、毎日の取材を強く批判した。またこの一連の取材経緯は、昨年夏に講談社から刊行した『フラット革命』(講談社)という書籍でも詳しく書いている。

そして朝比奈社長は言うまでもなくネット君臨派だ。彼はネット君臨の連載当時は、編集の最高責任者である主筆の立場にあり、柳田邦男氏や警察庁の竹花豊氏、ヤフーの別所直哉氏に加えて私も参加した「ネット君臨」識者座談会で司会を務めた。この座談会で私が「ネットの匿名言論には、会社の圧力などに負けて実名では発言できない人たちが、正論を言える場所として重要な意味がある」といった話をしたところ、彼は「そんな卑怯な言論に答える必要はない」と司会者の立場も忘れて反論を始めた。私が「匿名でしか発言できない立場の人間には有効なのではないか」と言い返すと、「そんな者の言うことは聞く必要がない。言いたきゃ実名で言えばいいんだ」と切って捨てた。

朝比奈社長は一九六〇年代末、東大農学部の全共闘のメンバーだったと言われており、マスメディアには彼のような学生運動経験者が大量に流れ込んでいて、いまや編集、経営の幹部クラスに名前をぞろぞろと連ねている。彼らは「自分が時代の最先端を走っていると信じていて、自分が理解できないものはいっさい受け入れない」という全共闘世代の典型的な特徴を備えている。だからインターネットのような新しいメディアの本質を理解しようとしないし、歩み寄る気持ちもない。

「あの連中」という侮蔑的な呼ばわり

しかしこうした考え方は朝比奈社長のような全共闘世代の幹部たちのみならず、毎日の「ネット君臨」派の人たち全体に言える性質のようだ。中には三〇代の若い記者もいるが、しかし彼らは「ネットで毎日を攻撃しているのはネットイナゴたちだ」「あの連中を黙らせるには、無視するしかない」などと社内で強く主張していて、それが今回の事件の事後対応にも影響している。

しかしこのように「あの連中」呼ばわりをすることで、結果的にネット君臨派は社内世論を奇妙な方向へと誘導してしまっている。「あの連中」と侮蔑的に呼ぶことで、「あんな抗議はしょせんは少数の人間がやっていることだ」「気持ちの悪い少数の人間だ」という印象に落とし込もうとしている。実際、今回の事件の事後対応で、ネット歩み寄り派の人たちが「事件の経緯や事後対応などについて、あまりにも情報公開が少ないのではないか。もっと情報を外部に出していった方が良いのではないか」という声が出たのに対し、彼らネット君臨派は「そんなことは絶対にするな。2ちゃんねるへの燃料投下になる」と強くたしなめたという。実際、情報を出せば2ちゃんねるに新しいスレッドが立つ可能性はきわめて高かったから、この「指導」は経営陣にも受け入れられ、この結果、情報は極端に絞られた。いっときは毎日社内で、「燃料投下」というネット用語が流行語になったほどだった。

それが先に紹介したようなPJニュースなどへのひどい対応につながったわけだ。しかし皆さんもおそらくそう受け止めると思うけれども、彼らネット君臨派のの考え方は、明らかに間違っている。

少しエントリーが長くなってしまった。まだ書くべき話はたくさんあるーー毎日幹部から私に対してある相談と要請があった話などーーが、次回エントリーに回すことにしよう。

佐々木俊尚さんは以前オーマイニュース関連の記事で触れたことがある。メディアとネットのあり方についてメディアの方がネットに歩み寄るべきという基本的なスタンスを持っている人だ。ありていに言っちゃうと2chでコンセンサスを得やすいレベルの穏当な意見の持ち主だと思っている。普段から啓蒙していてかつ、世話になった人がたくさん絡んでいるこの騒動は氏にとっては悪夢以外の何者でもないだろう。

この記事はまだ半分であり評価の対象でもないのだが、いくつか今までに無かった情報もある。

  1. 他の新聞媒体の対応
  2. 腰が引ける理由もわかったけど、そんなにおびえたものではないと思う。まともな仕事をしていればここまでの対応にはならないからそんなにビクビクするなよ。

  3. 毎日新聞社内の統制のなさ
  4. 普段から疑問に思っていたことがこれで氷解した。これなら記事のレベルや振幅に差があっても仕方がない。左右両方から叩かれるわけだ。

  5. 「ネット君臨」へのこだわり
  6. あの連載で達成できたことといえばネットを敵に回したということだけなんだが何をそんなにこだわっているのか。起きている事態は卑怯な匿名言論の跳梁ではなく、情報は最早マスコミだけの所有物ではないということだ。そしてそれを認められない既得権益の受益者に対する攻撃である。ネット君臨ではなく新聞君臨ならよいのかと朝比奈には言いたい。おいらとしては相互が補完しあうような関係が望ましい。

まあ、この記事で攻撃目標は明確になったんじゃね? 朝比奈がパレスサイドビルの屋上から飛び降りない限りやまないだろ。

posted by ミラクルさん at 01:12| Comment(3) | TrackBack(0) | BLOG談義 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月04日

それとも君はデーヨに石を投げられる?

今日はDVD3本借りてきてみているわけだが、そのうちの一本目「引き裂かれたイレブン」は自分が今まで調べているテーマの参考文献としてとても面白かった。

でまあおいらがユーゴスラビア話を始めるとまた長くなるのでちょっと脇に置いといてだね。この作品は膨大なインタビューが魅力だと思うのだが、なかでもサビチェビッチに多くの時間を割いている。んで、1999年のザグレブでのクロアチア−ユーゴスラビア戦の直前にインタビューを受けているんだが、インタビュー中にクロアチア人のサポーターに罵られてプッツンきちゃうのね。

「その口を閉じろ! 腰抜け野郎! かかって来いぶっ殺してやる!」

さて、某所でさららさんに対してうだうだ言っている連中に聞きたいのだがね、お前らはデーヨに対しても同じように言うのかね? 「死ね」と発言する人はレベルがなんとかいうのかね。もちろん、彼らの辿って来た過酷な道のりを知っているおいらはとてもそんなことは言えない。

まあ、答えたくなければ答えなくてもいいが、それはそのままお前らの知的誠実さのレベルの低さを物語るよな。

posted by ミラクルさん at 00:35| Comment(34) | TrackBack(1) | BLOG談義 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月02日

学士様は稀代のファンタジー・スターだな。

このブログでの「ローカル・ルール」

最近,若い方々のコメントに「常識」を逸脱したものが多いので,老婆心ながら忠告を.

まず,私は視覚障害2級の身体障害者です.具体的には緑内障で網膜の3分の2近くが出血で死んでいて,さらに精密検査の結果,眼球から大脳へ向かう視神経も腐りかけているとのことです.つまり,目の中に病原菌が入ったら最後,という訳で,現在毎日3回,4種類の目薬を使って眼圧の調整と病原菌の消毒を行っているという状態です.こうしてコンピュータに向かう時も,ほぼ30分おきに目薬を注して消毒・ビタミン剤注入を行っている次第.

当然,6点点字入力の練習もしていて,近い将来にはテンキーから点字にて入力が可能になるかと思っています (そのためにパソコンも AMD の最新 CPU にて新規作成中).点字デバイスのような余計なデバイスが入るとメモリも食うので,それが頭が痛いですね.あとマウスが吹っ飛んだりすると,視覚障害者には非常に不便です.これはキーボードのテンキーにて操作は可能なのですが…….日頃,こうして物書きをする時は,「秀丸エディタ」を使っています.これは Windows3.0 だったか Windows3.1 が出た頃 (93年,当時既に PC-DOS/V へ移行ずみ) にリリースされて,実はその頃からのユーザーです.このエディタの特質は読み上げソフト・点字ディスプレーに対応していることで,当時はまさかこの機能でお世話になるとは思ってもいませんでした.

そして,緑内障の原因は30代に入ってすぐ罹った糖尿病から来ています.当時はバブルを無視して残業を厭わず24時間 (正確には 72時間以上) 働いていたのですけど,そのツケが回って来たのです.肉体労働が多かったので,当然カロリーの摂りすぎ…….最近,コンビニの弁当棚の一番下で見掛けるような,1000kcal を越えるようなお弁当には絶対に手を出さないように.タレントのウガンダ・トラさんさんのように若くして悲惨な死を迎えます.健康を取るか,目先の金儲けを取るか,私は自分自身の糖尿病体験から,最近は哲学にはまりこんでいます(先日学会で発表したのも生理学より哲学やホスピスに近い内容でした……英語が分からない人には訳ワカメだったと思うけど).

と,言うわけで,このブログでは2ちゃんねるとかFC2などのサラ金系悪徳ブログの常識は御法度とさせて頂いてます.まず,トラックバックは「サラ金系悪徳ブログ」でない限り,原則として受け入れています.次に,

  1. 半年以上昔の記事にコメントをつけないで欲しい.目が不自由なので検索に非常に手間取ります.以降はこの手のコメントは無視します.
  2. 一ヶ月程度以上昔の記事にコメントをつける場合は,具体的に記事本文なのかコメント本文なのかを明記して下さい.検索に手間取るからです.昨日もそういう揚げ足取りがありましたので,あえて晒し者にせず,書き直しという形で対応しました.
  3. 上記のような場合,私は直接筆者にメールをさしあげています.先日もコメントに対してメールで返してくるとは失礼な,という常識のないガキがいましたけど,表に出すようなコメントでない限りは,私は根本的に無視をしています.サラ金系悪徳ブログの常識を押し付けないで欲しい.
  4. 他のブログ主さんからも相談されましたけど,基本的にハンドル名が「ななし」または「1文字だけ」の場合や,語尾が「w。」や「w」だけで終わっているコメントや,それだらけのトラックバックも私は基本的に削除としています.これもサラ金系悪徳ブログの特徴だからです.礼儀を知らないくせに何を言うか!
  5. (ちなみに,私はサラ金から「借りた」カネは返すな,利子も払うな,一度払うと地獄に堕ちるから司法書士や弁護士や警察を介在させて民事事件にして告発するべき!という確固たる信念を持っております.サラ金の弁護士しかできないヤクザが大阪府知事の橋下で,あいつはまさに橋の下で拾われて来た極道の解同のような腐れ馬鹿なのである.大阪府民はもうちょっと勉強したまえ! 大阪府民は今こそ立ち上がり,赤旗の元に結集し,橋下を「落選運動」で引きずり下ろさないと,それこそ日本人の恥ですぞ)

  6. 他の方のブログでコメント合戦になってヒートアップした場合は,このブログの最新記事にコメントをつけて下さい.他のブログ主さんの迷惑になるからです.コメント欄を見られるとお分かりの通り,私のブログのコメント欄は結構本文と関係ない「雑学」で埋まっていることが多いです.つまり意図的に妨害したコメントでない限りは,まったくの自由だということに気付いて欲しいのです.つまり,大人の議論の場として解放しています.秩序を守れないガキはお断り.

以上.なお,これは goo 当局にもお願いしたいのですが,最近 @mail.goo.ne.jp の「捨て ID」での嫌がらせメールが非常に多いです.嫌がらせコメントにもこの手が多くて,メールを出すと居ないと言って帰ってくる,つまり逃げる卑怯者が非常に多いです.もしかして NTT レゾナントは無料の「捨て ID」でブログ数 No.1 を誇っているのでしょうか.誠実な対処をお願いいたします.

# ちなみに上の画像はマンガ家の吾妻ひでお氏がネタに詰まって,下絵をアシスタントの奥さんに託し,路上生活者になったり,酒の飲み過ぎでアル中になり精神病院に収容されたりといった波瀾万丈の90年代を描いた作品です.ネット上でしか「王子さま」「お姫様」になれない人への一種の警告として取り上げました.大ていの古本屋さんにあるので,興味のある人はお読みになって下さい.

もうどこから突っ込んだらいいのかわからねえwwwwwwwwww 流石学士様。 北京オリンピックに向けて調子を上げてきた!

取り急ぎさらっとkomichiがサラ金系悪徳ブログにされていることは指摘しておくか。

タグ:kaetzchen
posted by ミラクルさん at 00:14| Comment(7) | TrackBack(0) | BLOG談義 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月30日

みんなボクを理解しろ

ブログと議論

私はブログは、自己表現の手段、でありブログのコメント欄では、相互理解のための対話、がなされるべきだと考えている。

他の議論を否定するわけではないが、ブログの様式にはあまりなじまないと感じている。

さて、批判に関しては、以下の考えは変わっていない。

「批判」というのは「創造」に比べれば、百倍も千倍も簡単だと思う。 にもかかわらず、「批判」というのはものすごく簡単に「創造の芽」を摘んでしまう。

したがって批判者には非常に高度なモラルが要求される。また、批判というのは、行為や主張に対して行うべきもので、人に対して行うべきものではない。

意味のある批判とは、次の2つの場合ではないだろうか?

  1. 全体としては肯定した上で、部分的な批判を行い、全体としての価値を上げるための批判。
  2. 自説と他説との比較において、自説の優位性を示すための、他説に対する批判。

(1)の場合は、論者が何を肯定しているかが明確である。

(2)の場合には、論者の自説が明示される場合と、そうでない場合がある。

どちらにせよ、論者に肯定すべきものがあり、その評価を上げるための批判が、意味のある批判であり、論者に肯定すべきものがないのであれば、その批判は単なるあらさがしであり、ネガティブ・キャンペーンであり、非建設的な批判ということができるだろう。

信仰告白から始まり、ボクを肯定しろという否定で終わるハイクオリティーな我侭ですな。こういう文章を見せて肯定してもらおうと考えるほうがどうかしている。ああ、馬鹿だから仕方が無いよね。

つーかさ、なんでお前を肯定しなきゃいけないの? 肯定できるところが一つでもある? 否定は目的ではなく単なる結果に過ぎないの。お前が馬鹿だからみんなに笑われちゃうのは仕方が無いの。

BLOGの定義だっておかしいだろ。単なる道具に何を求めてるんだか。BLOGってお前のようなHTMLを理解できないIT弱者がwwwで自分の考えていることを発表できるようにしたツールに過ぎないよ。残念ながら。それにみんなが勝手な意味づけをするのはそりゃ勝手だけどその思いを人に押し付けるなよと。やりたきゃ閉鎖環境でやれ。

んで、世の中に狂った意見が出回ってしまうのは仕方が無いけれども、その意見を放置するわけにも行かなくてカウンターインテリジェンスで迎え撃つのは義務だろ。

んで、肯定されないで全否定されるのはお前が悪いの。お前の脳髄の出来がよろしくなくて皆に馬鹿にされるようなことしかいえないからしょうがないの。あらさがしもネガティブキャンペーンも非建設的な批判も全てお前の書いた文章が招いたことだ。文章の書いた人の人格が否定されてもしょうがないよ。甘えたことを言うんじゃねえ。お前はおとなしく弱者として排除されろ。

タグ:無宗だ
posted by ミラクルさん at 14:43| Comment(5) | TrackBack(0) | BLOG談義 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月27日

僕は馬鹿で低脳ですまで読んだ

なんつーかお前もういいから死ねよという感じです。

ブログの掟?

ブログってさぁ、一人一人の認識っつーか、捉えかたが色々ありますよね。特にジャンルが「政治」とかになると、それぞれの掟みたいなのまである。ブログ言論だ〜ってオオゲサに言う人もいれば、コメント・TB受け付けないとこまで。あるいは、そのコメントのレスや削除のルールみたいなのまであったりする。で、決まりはあるの? どっかにあったらいいのにね。 あるなら教えてくんしゃい。言われたら言い返さなくちゃいけない図を見てたら、下手すれば「自己弁護合戦」

結局は誰に向かって書いてるのか の方が大事じゃないんすかねぇ。

たった一人の為に書くブログだって、ブログでしょう。もちろん公開した以上、不特定多数の人が読むに決まっているけど、それもありでは? あえて、公開にして、「一人の為に」書くBlogがあっても、カッコイイよね。そのたった一人を救うことがどれだけ大変なことか・・・・・!! ブログの意義は、そんなところにもあるんじゃないですかねぇ。

結局は誰に向かって書いてるのか の方が大事じゃないんすかねぇ。

だから、お呼びでない人は来なくていいのですよ。読んで理解できない人、あるいは 「ケッ」って思えば来なけりゃいい。勝手に来るのは、ネット上だから、しょうがないけど、邪魔はしないで帰るべし やね。わかる人には、わかるだろうし、わかる気がない人はわからないだろうし。
それをブログだからって、なんでんかんでん「議論」で括っても、面白くないでしょう。あまり自分で書かないで、よそのBLOGを読んでると、色々気づく事多いよね。

考えが違う人なんてたくさんいるから、その中で議論好きな方々だけがやればいい。それはそれで、面白いところも結構ありますしね^^; 議論も面白い。 しかし議論しなくちゃ、ブログじゃないって事はないんでしょう? あるのかね? したくない って言えば、それはそれでいいんじゃないの。そこにも掟が?(笑)ネットの世界くらいは、もっと自由にノビノビやれないもんでしょうかね。リアルで面白くない方々にとっても、かなり良い憩いの場と思うのですが^^;井戸端だろうが、溜まり場だろうが、隠れ家だろうが、何でもいいと思うのです。

ネット生存権みたいなものくらいは残してやりたいもんだと思う今日この頃ですね。そこに、その場所があるだけで、たった「一人」でも喜んでくれるなら ね。それを奪う権利、それこそ誰にも無いはずだ。 干渉しないことも大事だ。リアルの処世術でスルーが出来る人は、ネットでもスルーを、少しは如何?

早速追記(笑) 私も議論は好きではありませんので・・・、念のため。

結論を言ってしまうとお前のような馬鹿にはネットでの生存権などない。回線吊って首切れよ。wwwに己の低脳振りを思う存分晒しておいて干渉するなとは何言ってやがる。

ぶいっちゃんのような輩がどうしても何か言いたいというなら方法はひとつで、BLOGに標準認証をかけてパスワードを知らない人間には閲覧出来ないようにすればよい。簡単なことだ。それが嫌ならばぶいっちゃんが哀れな自己弁護をするのを止められないのと同様に、誰かがぶいっちゃんの馬鹿振りを嘲ることもやめられない。

つーかさ、何お前勝手にwwwにルール設定してるの? 何様? 結局は誰に向かって書いてるのかよりもメカニズムとして公開しているかどうかの方が上位だろ? 嫌なら引きこもれ。公開で何かを書いていて他人様に向かってスルーしろとはどれだけ自分勝手なんだよ。wwwは自由を旨とする媒体であり、そんなお前のちっぽけな自己顕示欲のために変なルールを設定するな。死ね。

もちろん、ぶいっちゃんが少ない脳みそで何を書いても自由。それを見た人が影響されて賞賛やら批判やら書くのも自由。公開の場であれこれ言い合ううちに馬鹿は排除されて正しい言論のみが生き残る。それこそがblogosphereの正しいありかただと信じるし、wwwのあり方というのも本来それなのだ。自分だけ言いたい放題発言して他の人間には認めないとはどういう了見だ。

posted by ミラクルさん at 08:30| Comment(10) | TrackBack(1) | BLOG談義 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月25日

おいら日記

エントリに起こすまでもない細やかなむかついたことを記述するために新しく日記のスペースを用意しました。良かったらコメントくださいな。一応飽きるまでやる予定です。

時々馬鹿のSWが荒らしにきますが、まあそこはそれです。

タグ:日記 SW
posted by ミラクルさん at 23:23| Comment(8) | TrackBack(1) | BLOG談義 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月24日

学士様の影

返り討ちで議会で公開処刑されたお馬鹿さんたちの名前をGoogle先生に突っ込んでみたんですが、こんな記述を見つけたよ。

極道牧師のお気に入り にようこそ!

ようこそ川崎教会へ(Rev. 滝澤貢)

2007年4月に防府教会(山口)から川崎教会(神奈川)に転任した滝澤貢ちゃんのサイトです。えつやのおとん・おかんのお隣りの教会だそうで、なにかと理由を付けて再会できそうですね。楽しみたのしみ。

防府教会ってこれか! あれなサイトはもう無いのであれは滝澤の仕業でFAなのですね。そうか、こいつは水谷英樹の関係者だったのか。川崎教会行ってみてえな。何食わぬ顔をして「水谷さんとは古い友人で」とか言ってみようか。

posted by ミラクルさん at 11:32| Comment(0) | TrackBack(0) | BLOG談義 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月23日

詐欺の常套手段

一見関係のありそうで実は関係の無いことをギャースカ喚くのは詐欺の常套手段です。

アメリカ大使館の秘密書簡、(竹島=独島は)『朝鮮王朝の一部であった』

このアメリカ国務省宛の書簡は、なぜ、サンフランシスコ平和条約において竹島(=独島)が一言も記述されず棚上げにされたのかを明らかにする資料としても注目されています。

1952(昭和27)年10月3日付で日本駐在アメリカ大使館が国務省に送った書簡には、国務省で竹島(=独島)について何度も検討した結果、「朝鮮王朝の一部であった」という見解に至ったことを明らかにしています。以下に日本語訳の一部を引用します。

これがどう詐欺だというと、第2条に明らかなように合衆国政府はこの日本大使館からの文書の見解を採用しなかったからだ。第2条は日本の過去の領土を認めた上でそこからremoveする地域のリストという形式を取っていて、そこに竹島が含まれていない以上、竹島は日本領土として各国の承認を得ており、その領有主張は決して揺るがない。

しかもラスク書簡の決定的なところは「ドクトヌンウリタン!」という朝鮮人のキチガイじみた拡張欲に基づく主張とそれに対する公式の回答というものであり、それはしっかりと講和条約の条文に反映されていることにあるだろう。ラスク書簡に対する反論としてこの文書はまるで関連性が無い。

# もっとも新規に独立したor独立を回復した国家がこのような現実離れした拡張欲を持って行動する例は第1次世界大戦終了時のポーランドのようにしばしば存在した。アメリカも連合王国もこの手のヤクザまがいの主張をどう扱うべきかということに関して手馴れていたのだろう。

この詐欺師がどうしても引用したくない第2条は以下の通り。

  1. 日本国は、朝鮮の独立を承認して、斉州島、巨文島及び欝陵島を含む朝鮮に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。
  2. 日本国は、台湾及び澎湖諸島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。
  3. 日本国は、千島列島並びに日本国が千九百五年九月五日のポーツマス条約の結果として主権を獲得した樺太の一部及びこれに近接する諸島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。
  4. 日本国は、国際連盟の委任統治制度に関連するすべての権利、権原及び請求権を放棄し、且つ、以前に日本国の委任統治の下に あつた太平洋の諸島に信託統治制度を及ぼす千九百四十七年四月二日の国際連合安全保障理事会の行動を受諾する。
  5. 日本国は、日本国民の活動に由来するか又は他に由来するかを問わず、南極地域のいずれの部分に対する権利若しくは権原又はいずれの部分に関する利益についても、すべての請求権を放棄する。
  6. 日本国は、新南諸島及び西沙諸島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。

竹島はこれに含まれないので日本領土という日本政府の主張は非の打ち所の無いものだろう。ラスク書簡はこの文言の裏づけに過ぎない。

# どんな難癖を今後つけられるかわから無いので一応書いておくが、おいらは日本政府の北方領土に関する領有主張特に択捉国後両島に対する領有主張には疑義を持っている。あれは千島列島だろ。

詐欺師というのは常にこのように正しい主張から目をそらさせようとするものだ。韓国がどうしても竹島の領有権を主張したいというならば方法は一つしかない。韓国がサンフランシスコ講和条約を認めなければいいのだ。そして日本政府に日韓基本条約でもらった金銭をすべて返却し、日本に朝鮮半島の統治権もすべて返上してその上でもう一度独立をやり直せばいい。最悪サンフランシスコ講和条約の全ての調印国と戦争になるかもしれないけれども、まあそれはリスクとして甘受するしかないだろう。

posted by ミラクルさん at 13:52| Comment(3) | TrackBack(0) | BLOG談義 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月22日

詐欺

サンフランシスコ平和条約は日本が領有する地域に竹島(=独島)を含んでいない

ところがアメリカ第7次草案以降では第3条(日本が領有する地域)から竹島の記述が脱落し(前回のエントリーのサンフランシスコ講和条約関係年表を参照)、イギリス草案とも調整した結果、最終的に平和条約(下記)の第3条(日本が領有する地域)に竹島の記述は残りませんでした

サンフランシスコ平和条約(日本国との平和条約)(東京大学東洋文化研究所田中明彦研究室『サンフランシスコ平和会議関連資料集』より)

第三条

日本国は、北緯二十九度以南の南西諸島(琉球諸島及び大東諸島を含む。)孀婦岩の南の南方諸島(小笠原群島、西之島及び火山列島を含む。)並びに沖の鳥島及び南鳥島を合衆国を唯一の施政権者とする信託統治制度の下におくこととする国際連合に対する合衆国のいかなる提案にも同意する。このような提案が行われ且つ可決されるまで、合衆国は、領水を含むこれらの諸島の領域及び住民に対して、行政、立法及び司法上の権力の全部及び一部を行使する権利を有するものとする。

したがって平和条約は竹島(=独島)を日韓どちらの領土とも規定したわけではなく、この問題は棚上げにされたのです。ということは日本政府が言うような平和条約の第2条a項(日本が放棄すべき地域)に竹島の記述がないことだけを理由に、日本領土であるという解釈は成り立たないのです。

全文引用すると突っ込みどころがあるんだけれども、まずここを解決しようか。第2条を引用していないのは何で? 第3条は日本の領土を米国に信託統治してもらう範囲の定義であって、日本の領土の定義とは何の関係も無いよ。ねえねえ、何で第2条を引用しないの? 何か都合が悪いの?

posted by ミラクルさん at 14:29| Comment(6) | TrackBack(0) | BLOG談義 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月20日

被害を担当できる強さを

惑星ナイン

言葉の影響の範囲が分からない以上、騒いだ者としては責任を感じていますので、しばらく休眠します。

鍵は、「鏡の向こうで唄う者」の名です。

薄桃色の鍵持つ者が目覚めたら休眠を終わります。

こうなる前に自分がもっと被害を担当できる強さを持ちたかったなというのが正直な感想。つーか、皆もっとおいらに投げてしまってもいいのに。被害担当艦として動くことは吝かではない。

被害担当艦といえば旧日本海軍の大和も武蔵もそういう意味では時宜にかなった艦だといえなくもないし、もっとうまい運用は出来たと思う。近寄る船をフルボッコにし、なかなか沈まない船というのは空母の近くにいると嫌なものだ。

弱いところをつくというのは戦略の常套なのだから、弱いところを前面に出さないというのもまた取るべき対処としてあったはずなのだ。つーわけで遅ればせながら被害担当艦としていろいろと動いてみようかと思うわけだ。おいらは多分、そのくらいの強さはあると信じてる。すぐに腹が減るけどさw

まあ、心当たりのある人はいろいろと気をつけたほうがいい。パスワードは大文字小文字数字を取り混ぜた意味のない文字列にするんだ。

タグ:中畑 yahooblog
posted by ミラクルさん at 01:18| Comment(3) | TrackBack(1) | BLOG談義 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月16日

熟女AVマニア終了のお知らせ

みなさんさようなら

わたしの役割は終わったようです。

みなさん本当にお世話になりました。

ありがとうございました。

お前はさっさと中畑さんを捨てハンで攻撃する仕事に戻るんだ。

posted by ミラクルさん at 20:14| Comment(4) | TrackBack(1) | BLOG談義 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月15日

馬鹿は死んでもしょうがない

サヨクBLOG界隈を席巻した「水からの伝言」騒動から半年が経過しました。皆様いかがお過ごしでしょうか? この問題については連中の右往左往振りをニヤニヤ眺めていたおいらですが、それでも騒動の中心となったたんぽぽさんの見解は多分おいらとそんなに遠くない。いやおいらはジェンダーとかあんまり興味ないんだけれども、夫婦別姓についても好きにすればいいと思う。そんなことよりもたんぽぽさんの常に正論を丁寧な口調で辛辣に突っつく姿勢というのは楽しく拝見させてもらってます。

んで、そんなたんぽぽさんの舌鋒に耐えかねてぶいっちゃんなんかは最早自分の体面を如何に取り繕うかしか考えない言い逃れしか出来なくなっているのが超ワロスな訳ですが。こういう低脳はなんで自分が常に突っ込まれてるか理解できないんだろうなとか考えると実に気持ちが悪い。批判とまともに向き合うのが嫌なら「私は低脳でかわいそうな人間なのでもう勘弁してください」って泣き入れればいいのにね。それでもたんぽぽさんには「もっとやれ」って言うけど。

んで、ここ最近たんぽぽさんの存在が疎ましくて仕方のない人たちが考え出した概念が「バーチャル殺人」という概念らしいですよ。

ブログを閉鎖することを、人間の死ととらえる人たちがいるのですが、「バーチャル殺人」とは、議論や中傷などで、心理的に圧迫するなどして、他人のブログを、閉鎖に追い詰めることなのだそうです。ずいぶんと、人聞きの悪いことを言うものです。

そんなこと言ったらヴァーチャルシリアルキラーのおいらはどうなってしまうのかと思ったりしたのだが。いや、おいらはそんなにたくさん殺ったわけじゃないですよ。うん。多分。

思うんだが、自分達が気に入らない行為を全ての人が疎ましく思う行為に結び付けて「ほら、だからこいつのやっている事は悪いことなんですよ!」ってアピールする手法ってえげつない上に頭が悪いよな。もうこういうレッテル張りでしか反撃できないって哀れですな。馬鹿なんだから馬鹿って言われても仕方がないだろう。それを自分を改善しようとしないで「馬鹿って言われるのやだからBLOGやめます」とかいって(しかも実際にはやめなかったりする)、周りの信者がわっしょいわっしょいやっている様というのはどうにも醜悪。

ただ、たとえヴァーチャルでも殺人者呼ばわりされて気に入らないというのはわかるんだけど、世の中には死んで当然の人間が存在するようにヴァーチャルに死んで当然の人間は確実に存在する。だから「ヴァーチャル殺人の何が悪い」って開き直っても別に構わないと思うんだ。きっとそういうヴァーチャル殺人者というレッテルをたんぽぽさんに張って喜んでいる連中というのはそう開き直られたら打つ手ないよ。無茶な提案だと思うけど。まあ、そう言われるのは不本意だと思う気持ちは理解できるけど。ヴァーチャル快楽殺人者じゃないだけマシさ。必要があってやってるんだから。

え、おいら? キチガイだから殺人それ自体が楽しいのかもね。うぇ〜へっへっへ。

posted by ミラクルさん at 16:15| Comment(5) | TrackBack(0) | BLOG談義 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月01日

ハイエナがアップを開始しました

在特会よりお知らせ

<7・2毎日新聞本社前抗議活動>

我が国を貶める変態記事を垂れ流した毎日新聞の暴挙を許さないぞ!

毎日新聞による日本国民への誹謗中傷、メディア・テロに断固抗議の声をあげよう!

毎日新聞の英語版では以下のような信じられない低俗卑猥な記事が配信され、「変態日本」として世界中に紹介されました。

「日本人の母親は中学生の息子のためにフェラチオをする」 「福岡の米祭りは、顔にベトベトの白い液体を塗るため、AV業界が顔射と呼ぶものによく似ている」 「南京大虐殺の後継者の日本政府は、小児性愛者向けの漫画を使ってオタクを自衛隊にひきつけようとしている」 「六本木のあるレストランでは、日本人は食事の前にその材料となる動物と獣姦する」

日本を侮辱するにもほどがあるこれらの記事が、こともあろうに我が国の新聞メディアによって配信されていたのです。あまりにもひどい内容にネットを中心に各地から猛反発の声があがり、ついに毎日新聞は6月25日付の朝刊紙面に謝罪文を掲載しました。問題となった記事を配信した英語版コラムを6月21日付で閉鎖し、その後の処分としてコラム執筆の記者を懲戒休職3か月のほか、編集部長などを役職停止処分にしていますが……世界中にデタラメの変態記事を垂れ流した反日変態記者を懲戒解雇にするどころか、夏休み代わりの3カ月休職という極めて甘い処分で済ませています。

日本国民全体への名誉棄損でしかない犯罪行為に何カ月も前から問題が指摘されていたにも関わらず放置し、挙句の果てには最近この問題に関して某掲示板で書き込まれている毎日新聞への批判投稿を誹謗中傷として法的措置も辞さないと言い出す始末です。

変態記事を垂れ流して反省もしない、恥じ入りもしない厚顔無恥の犯罪新聞社とその記者へ日本国民の怒りをぶつけましょう!

怒りをぶつけるのはいいんだけどお前らどうせ竹橋の毎日新聞社前でヒステリックに怒鳴ってスッキリして帰るだけだろうが。そんなんじゃ今までの左右問わない声の大きな馬鹿と同じで何も変わらない。おいらがこの連中嫌いなのはこういう旧態依然とした手法で声の大きさを武器に言い分を通そうとするところだよ。

いまやらなければいけないことはわれわれ一人ひとりが主体性を持って、資本主義的選択、買わないと言う行動をもって大資本にプレッシャーをかけそこから動かしていくという手法を確立することだ。世の中にインパクトを与えるためには、もはや声が大きい必要は無いのだ。

つーかこいつらの2chを使った売名行為にはちょっと辟易だ。

posted by ミラクルさん at 13:57| Comment(0) | TrackBack(0) | BLOG談義 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月27日

低脳ホイホイ

政権交代をめざして植草一秀氏を中心に結集すること

一昨日、『気まぐれな日々』「『植草一秀さんを中心にした反自民の結集』には応じられない」という記事の中で前日に少し感情的な記事を書いてしまった理由を述べて下さった。私は政権交代という大きな目標さえ一致していれば、左派であろうが右派であろうが全くかまわないと思っている。もともとどこからどこまでが右派でどこからどこまでが左派なのかあいまいなところがあるし、右派、左派の基準は人によって大きく違ってくるからだ。例えば、自分は左派だと思っていても、もっと極左派の人にしたら、右派だし、自分が右派だと思っていても、極右の人にしてにたら、左派と思われるであろうからだ。

一つの大きな目標が一致していれば、右派、左派だと言って異論を唱える必要はないと思う。又、植草氏を中心に反自民が結集することにしても、みんなの思想が全て一致することはありえないし、する必要もないと思っている。ただ、目標が同じなら、多少考えが違っても結集できるのではないか。

まあ、性犯罪者の下に低脳やキチガイが集結するのは非常にスペクタクルでブリリアントだと思う。頑張って集めて外に出さないようにしてもらいたい。

posted by ミラクルさん at 17:09| Comment(3) | TrackBack(0) | BLOG談義 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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