「議論しても実りがないから余計なことは言っても仕方ないという雰囲気。職員会議は決定事項の伝達の場で、議論なんかできなくなった」。京都市の小学校に勤務する女性教諭(60)は来春の定年を控え、学校の現状をこう嘆く。
教師になって36年。道徳教材「心のノート」や2学期制、教員免許更新制の導入など、ここ数年で教育のあり方を大きく変える制度が決まった。しかし、教員同士が職員会議でその是非について自由に議論することはほとんどない。
学校現場が窮屈になり始めたのは「日の丸・君が代」問題が浮上した時期と重なる。文部省(当時)は85年に卒業式・入学式での君が代斉唱の実施率を発表。京都府は沖縄県に次いで低く、京都市は小学校でわずか3%、中学校に至ってはどこも歌っていなかった。
文部省は同年、日の丸・君が代の指導徹底を全国の教育委員会に通知。府内でも86年の卒業式から徐々に取り入れられるようになった。市教委によると、国旗・国歌法が成立した99年以降、小中学校での斉唱率は毎年100%を保っている。
女性教諭は、歌詞に抵抗感があるため斉唱時は起立してこなかった。しかし、今や起立しない教諭は皆無。数年前から、周囲に迷惑をかけたくないという気持ちもあり、仕方なく立つことにしている。
「でも、起立している間は屈辱感でいっぱい」と女性教諭。君が代実施率の「100%」という数字こそ「学校から自由な議論がなくなったことの象徴ではないか」という気がしている。
京都市の市民団体「『君が代』訴訟をすすめる会」の北上田毅事務局長は「制服のない高校があるなど京都の教育現場は自由な気風が伝統だった。それが今や国の流れを先取りしたような道徳教育をするなど変化してきている」と指摘する。
一方、国旗・国歌法成立時に官房長官だった野中広務・元自民党幹事長(82)は「根拠となる法律ができて国旗・国歌が定着したと思っている。社会の秩序の一つとして教師は率先して斉唱してほしいが、人の内心に入ってまで求めるものではない」と話している。【木下武】=つづく
世の中で生きるということは大小様々な屈辱を受けるということであり、屈辱がいやならその自由を経済力でまかなえる範囲で買うしかない。そんなに君が代を歌うのがいやなら教職を辞して家に引っ込んでればよい。公立学校の教職にあるということは君が代斉唱時には起立して斉唱することを求められているのだ。
あとまあ実りがないから議論をしないというのもなんだかね。それまでの職員会議が目に見えるようだな。あらゆる手段を用いてダダをこねて「実り」を得ていたんだろうな。これからはこういう恥知らずの大きな声に引きずられることが無いようにしていただきたい。
不満ならさ、自分で日教組学校作ってそこで思う存分自分の理想とする教育をすればいいだろ。雇われの身で何言ってやがる。


しかし、未だにいるんだな、教職さんには…
嫌なら辞めるのが筋だろうけど、こんな人達は妙な使命感に燃えてるから困る…
85年の実施率(中学校)は0%だということでしょう?で、
>君が代実施率の「100%」という数字こそ「学校から自由な議論がなくなったことの象徴ではないか」という気がしている。
というなら、君が代実施率の「0%」という数字も「学校では自由な議論がなかったことの象徴ではないか」
ロッテVSソフトバンク戦のデーゲームの試合前に外野席で「君が代で起立している間は屈辱感でいっぱい」
と叫んでほしいよね。
まあ無傷で帰れる保障はないけどwwww
ちなみになぜかパリーグの試合前には君が代斉唱
がある。(セリーグにはない。)
>議論しても実りがないから余計なことは言っても仕方ないという雰囲気
実りも何も、「なぜ現状に至ったか」を知ってるからみんな空気読んでるだけという説が。
少なくともチミらと同じ考え方のヒトタチが「君が代を堂々と歌いたい」人の権利を尊重しようとしたことなんかなかろーに。広島で校長がいじめ殺された事もあったっけか(法律制定するような大事になった近因)。
もし現状に窮屈な思いをしてるとしても、おおむね因果応報。
>ここ数年で教育のあり方を大きく変える制度が決まった。しかし、
>教員同士が職員会議でその是非について自由に議論することはほとんどない。
「ここ数年」以外はあたかも自由に議論してたかのような印象操作イクナイ。
「ここ数年」以前にどれだけ教育現場の荒廃・教員の質の低下が社会問題化してたかくらい知ってるだろーに。スルーですかそうですか。
>「100%」という数字こそ「学校から自由な議論がなくなったことの象徴ではないか」という気がしている。
いいえ、遵法精神(「悪法も法なり」)が学校現場に残存していることの象徴です。
「君が代歌いたくない」という思想の持ち主は世論調査でも多数派ではないし、にも関わらず法律施行前に「わずか3%」とか「どこも歌っていなかった」であったのは「歌いたい自由が侵害されていた」「そもそも「君が代歌う=悪いこと」的イメージを植えつけていた」可能性が高いわけで……静流さんに同感。
まあ、「君が代の歌詞の正しい意味を知っていれば自然に歌いたいという気持ちになんてなるはずがむにゃむにゃ」という言い分が返ってくるのかな? それこそ「個人の心の問題」ではあるのですがw
>京都の教育現場は自由な気風が伝統だった。それが今や
>国の流れを先取りしたような道徳教育をするなど変化してきている
それだけ心の荒廃について危機感があるってことではないのかなと。
「規則による縛りは最小限にしよう」というのと「文句があっても規則は規則。あるうちは守りましょう」ってのは同時に在らねばいかんわけで。教える側が率先して「気に入らない規則は破ってヨシ!」とやらかしてたら、それを鏡にする側は「最小限の縛りすら守らない」人間になっちまうんだぜ?
ま、内規や適用法律守るのが嫌であれば転職の自由なり行使すればよろし。野球観戦で君が代斉唱したくなければパ・リーグの試合見に行かない自由を行使すればいいのと同様(ぉ
学校教育に限界を感じて私塾開いたり別方面で活躍してる人もいますし。最悪私立選ぶ手もありましょーて。
あんまり世代論に持っていくのもどうかとも思いますが、保守思想にはむかうことがかっこいい時代というのは確かにありましたね。
最近の若い者はデモとかしないからダメだ。とか言われたことがあります。いや、デモしても正しいかわかんないのにデモできるかとか考えるのはダメだそうです。
>静流さん
自由な言論など存在しなかったというのが丸わかりですな。以前は校長や教育委員会が抑圧され、現在では日教組が抑圧される。どちらが正常かといえば現在だと思います。
>ブラックボックステスターさん
それよりもPrideofURAWAを歌いたくないやつは埼玉スタジアムに来るなという話でさw 好きで教師やってるんだから歌えよと。退職する自由を行使すればいいじゃねえかよとかおもいます。
そういえばプロ野球は応援団から暴力団の影響を排除しようと一生懸命やってますね。鹿島も見習え。
>Tamanegiさん
この連中が今まで垂れ流してきた嘘をいちいち暴き立てるのもかったるいんですが、日本人の教育については明らかにマイナスの影響しかないですな。それで当人たちは正しいことをした気になっているのだからたちが悪い。
この「いいことをした気になる」ということがなんか問題なんじゃないかなとか考えたり。安い正義感だよな。