2008年04月22日

死後も裁きにあう

【光母子殺害・判決要旨】(2)「初対面で真実を話すのは不自然」

新供述と旧供述とは、事実経過や本件各殺害行為の態様、殺意、強姦の犯意の有無などが全く異なっている。自分の供述調書を差し入れてもらって初めて、その内容が自分の経験と違っていることに気付くというようなことはあり得ない。

しかるに、本件公訴が提起されてから安田弁護士らが弁護人に選任されるまでの6年半以上もの間、それまでの弁護人に対し、強姦するつもりがなかったということを除いて、新供述のような話を1回もしたことがないというのは、あまりにも不自然である。被告人は第1審弁護人と接見した際、供述調書を見せられ、内容の確認をされた旨供述しているのであるから、その機会に供述調書の誤りを指摘し、新供述で述べているような話をしなかったということは考えられない。

被告人は、弁護人が非常に頼りない存在であると認識しており、相談できなかったなどと供述している。

しかし、被告人は、判決書が朗読されるのを聞いているほか、判決書や検察官作成の控訴趣意書などを読んで、犯行態様や動機について全く違うことが書かれているのは分かった旨供述していることに照らすと、弁護人に対し、判決で認定された事実が真実とは異なるなどと話したりすることもなく、無期懲役という極めて重い刑罰を甘受するということは考え難い。特に、差し戻し前控訴審の国選弁護人2名は上告審において私選弁護人に選任されているところ、これは、被告人が両弁護士を信頼したからこそ弁護人として選任したものと解される。

そして、差し戻し前控訴審の国選弁護人が選任されてから上告審で公判期日が指定された平成17年12月6日までの問、弁護人は被告人と296回もの接見をしている。しかも、被告人は父親との文通が途絶え、弁護人が衣服、現金などの差し入れをしてくれるなど親代わりになったような感覚であった旨供述しており、多数回の接見を重ねた弁護人に対し、強姦するつもりはなかったという点を除いて、新供述で述べるような話をしなかったというのは、まことに不自然である。

また被告人は、同弁護人に対し、一貫して強姦するつもりがなかったことを伝えたというのであるが、そのような説明を受けた弁護人が、死刑の可否が争われている重大事件において、強姦の犯意を争わないということは通常考えにくい。同弁護人作成の答弁書および弁論要旨をみても、強姦の計画性を争うのみであり、むしろ、強姦の犯意を生じたのは犯行現場においてであるという趣旨の主張が記載されているところ、そのような記載がされた理由について、被告人は分からないと述べるにとどまっている。

なお、被告人は弁護人に対し、強姦するつもりはなかったと言ってはいないとも供述している。このように供述が変遷すること自体不自然である。

被告人が公訴提起後6年半以上もの間、弁護人に対し、新供述で述べるような話をしたことがなかったのに、初めて接見した安田弁護士らから、事件のことを話すように言われて、新供述を始めたというのも不自然であるところ、被告人は納得できる説明をしていない。

差し戻し控訴審の判決が出ましたが、これほどまでに露骨に違和感、いや不快感を表すとは思わなかった。事実関係を争うならまだしも、それ以前のこじつけが多すぎたことが福田にとって良くない結果につながったと思う。

最近、死刑の存在意義について若干の疑問をもっているが、基本的には刑法犯に対する厳罰化に対してはおいらは賛成である。ただ、その厳罰が死刑でいいのかという疑問があるのだ。

まあ、福田が死刑になるのは反対ではない。むしろ公開にして日本全国津々浦々にみっともない姿を晒すのが良い。死刑に反対する人間がすべきなのは個々の案件に対して死刑の適用を止めさせるよりも、刑法の改正だろうと思うのだ。

上告したければすればよい。惨めな姿を存分に見せるがよかろう。福田孝行は反面教師としての存在価値はまだあるのだから。



ラベル:福田孝行 死刑
posted by ミラクルさん at 22:46| Comment(5) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 結局、究極的にこの裁判は「被告人自身に法廷戦術の結果責任を丸投げした弁護団」こそが(悪い意味で)主役になった感がありますな……
 被告人の法廷証言自体もまあ大概でしたが、判決文でも示唆されている通り「新しい弁護方針こそが死刑判決を大きく引き寄せた」と言ってよさそうな。

 余談。
 時間がちょうどそこだったので報ステで詳細見たんですが、加藤工作員がしっかり「裁判員制度に向けて厳罰化の流れを確立したい裁判所の作為を感じますね」とふざけた〆かましててハラワタ沸騰。
 何の話題でも不快になるってわかってるんだから報ステ見るのやめようぜ俺……トホホ。
Posted by Tamanegi at 2008年04月23日 12:19
>Tamanegiさん

>結局、究極的にこの裁判は「被告人自身に法廷戦術の結果責任を丸投げした弁護団」こそが(悪い意味で)主役になった感がありますな……

そう思います。正直弁護団の弁護方針に問題があったと強く感じます。事実がどうであれ、弁護団の方針は被告の役には立たなかったことが問題でしょう。

つーか、これ裁判長怒ってるよね。

>加藤工作員

厳罰化は有権者が望んでるんだよね。是非はともかく。んで、厳罰化が間違っているのならなぜそれを主張して共感が得られないのか考えてみればいい。

まあ、報ステを見るのは精神衛生上よくないからやめたほうがいいですな。おいらはテレビはサッカーしか見ません。
Posted by 管理人 at 2008年04月24日 13:52
>加藤工作員

えーと白髪の細めのメガネの方でしたっけ?
数年前に中国の大手報道局に現地取材にいき、公平な報道とか行政にも切り込んで報道するとか言ってた記憶があります。(ちなみに数ヵ月後、他の日本テレビ局は中国政府がメディアの一括管理された図式の報道がされましたので、この方の報道はこっぱミジンコ...)

以上の内容を前提にして、最近の中国報道についてのこの方の発言を聞いていると、突っ込みどころ満載になりますね。
Posted by Sada at 2008年04月26日 00:36
コメントするのは初めてかもしれません。
小川と申します。暇つぶしに日記を書いている者です。

-- 引用 --
最近、死刑の存在意義について若干の疑問をもっているが、基本的には刑法犯に対する厳罰化に対してはおいらは賛成である。ただ、その厳罰が死刑でいいのかという疑問があるのだ。
-- 引用終わり --
ココ、興味あります。気が向いたら、別エントリにでも詳しく書いてもらえませんでしょうか? miracleさんの意見は説得力があり、頷くことが多いので、死刑関連の詳しいお考えを聞きたいです。

私は単純に「死刑でも終身刑でも北朝鮮へ島流しでも、要はどんだけ反省しようと二度とシャバに出てこれなければ良し」程度に考えています。ただし、以下は、私の中で保留(考えが纏まらない)の物です。
「日本の裁判員制度」「知障者・アスペ・カナーの犯罪」「過失致死」
Posted by 小川 at 2008年04月26日 02:15
>Sadaさん

なんつーか、不愉快になるので見てはいないので論評は避けますが、色々と不快な評判は伝わってきます。彼の中共に対する遠慮には医学的に何かあるのかもしれません。

>小川さん

こんにちわ。その節はどーも。

>死刑関連の詳しいお考えを聞きたいです。

しかし、残念ながら死刑関係については現状なんか確固たる意見がないです。目下揺らいでる最中というべきか。

ただ、重大なルール違反をした人間を永久に社会からパージする刑罰は必要というのは小川さんを考えを同じくしています。現状に対する不満は原則66ヶ月以内に執行するべき死刑がたまりにたまっているという部分です。

ただ、死刑を実行すること、我々の社会の道徳レベルが殺人者のレベルまで下がってしまってよいのかという漠然とした不安があるのです。自分の中でも死刑を適用する基準というのがないわけですから、そんな曖昧なことで我々の道徳は守れるのかと。

いただいたお題については非常に難しいですね。何点か箇条書きにて今の考えを纏めるに留めます。

・おいらは裁判員になりたくない。精神障害者ははずして欲しい。
・声の大きい素人に左右されない叡智が必要。

・知的障害だろうがアスペルガー障害だろうが人を害するような障害の持ち主を野放しにしちゃだめだろ。
・ただ、刑罰の意味も理解できないと思うので何らかの特別な措置はいると思う。

・過失については意図的な行為よりも責任は当然軽いと思うので殺人と過失致死は分けるべき。
・しかし、福知山線事故の運転手が生きていたらどうするべきかというのは悩む。

普段からね、自分が裁判員になったことを意識して考えてみることが大事だと思うんですよ。それが民主社会だと思います。
Posted by 管理人 at 2008年04月28日 13:02
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