今日蟷螂を見つけたので捕まえようと追いかけたらいつのまにか国道のど真ん中にいたmiracleさんです。こんばんわ。
このように周囲が見えていない私ですが、今日理解したことは人間はオブジェクトではないと言うことです。
あのね、OOPなおいらはなんつーか人間同士の関係も疎結合で、独立性の高い人たちで構成されたチームのほうがよいのではないかと思っていたのよ。だから他人のブラックボックスの中にまで入り込むのはよくないどころか、組織の能率とか無視した暴挙に思えていたのね。だから、他の人にはアウトプットだけ提供します。自分もアウトプットしかもらいません。それで物事は完結すると思っていたのよ。
サイモン・クーパーの名著「サッカーの敵」の中でアメリカンフットボールのようにサッカーを指導するアメリカ人コーチの話があって「お前はボールを持ったら左後ろ45度にショートパスを出しなさい。左サイドバックが上がってきているはずだから」とか言う話。おいらのやろうとしていたことはこれと大差ないんじゃないのかとか気がついた。いや、すみません気がつかされました。
考えてみれば、おいらのピッチでの動きというのはrobocodeのように簡単だったんじゃないかな。激しい上下動だけが取り柄だったけど、Javaで再現するのはそんなに難しくないはず。今度やってみようかな。やばい、久々にJava熱が高まってきたww いや、オレならPHP5で書けww
で、ですよ。サッカーでも何でも、「そんなにうまくいけばいいけどね」という奴で、往々にしてうまくいかない局面や、前提条件が変わってくる局面があるわけで、そこで自分のブラックボックスに閉じこもって、アウトプットだけを要求するのではなく、少し周囲をみて、自分の置かれている立場を考え、その上で最善を尽くす。人を助けたり、自分に出来る人がやっていてくれたことを少しでもやってみたり。そういう努力と配慮に欠けていたのかなとか今日考えた。いや、もう昨日だけど。
んで、オシム語録を読んでみるとまさにそういうことが書いてあるわけで「ああ、おいらはオシムファンでありながら全然わかっていなかったよ」とか思うわけで。
でも、気がついたほうがよかった。いや、気がつかさせてもらえてよかった。うん。どのくらい実践できるかわからないけど、明日からは意識して行動してみようと思うんだ。勇気を出して「これ、やりましょうか?」って。
んで、これからは蟷螂を追いかける前に左右をよく見ようよオレ。


miracleさんのこの例え、なんかすごくよくわかる気がします。考え方が似てるのかも。
ただ、お互い人間ですから、それぞれのアウトプットには(期待値に対する)ゆらぎや誤差が相当な幅で出るわけで、そのゆらぎのベクトルや誤差を都度察知して軌道修正するのに、日々の気配りやその蓄積による関係性が効いてくるのだと思いますね。ていうか以心伝心?
P.S. 公道ではくれぐれも周囲に気を付けてください。
そうですね。人間だからいろいろと不定の事象があり、人間だからそれらに対処しようと考えるわけで、なんつーかオブジェクトのように取り扱うのはよくないのではないかと思った次第です。
もっと自分の頭をつかおうよといったところでしょうか。
しかし、自分の頭をつかった結果にもいまいち自信が持てないのです。