2009年04月22日

そんな鎖じゃオレの魂は縛れない

まあ、いろいろな各所よりTrackBackもされてるみたいなんだが。いろいろ考えたことをつらつらと書いてみる。実に今日は暑いね。

赤マフラーファンサイトのWallerstein氏から下記の回答をいただいている。

1については全くその通りと思う。この建前を崩すのは容易ではないし、その意味で批判するのは非常に厄介だし、批判する側は「厄介」という緊張感を持たなければならない。緊張感を持てば、それだけ自分を顧みる必要も出てくる。

2についてもその通りであると思う。「存在場所」というのは必ずしも「権利を剥奪せよ」ということではないのだが、そこへの言及は思想信条の自由という問題とからんで一層慎重にならなければならない。

1は概ね理解していただけたようで何より。在特会を批判する側がその建前を引っぺがす作業を端折ってレイシストと決め付けているのはいかがなものかという批判。さらに言うならば、末端の構成員はともかくとして、桜井や瀬戸や西村が本気で排外主義的な思想を持っているのかという部分でも疑問を感じている。身も蓋もない言い方をすれば「あいつら商売でやってるだけなんじゃねえの?」つー。

これまでの奴らの思想遍歴からすると不法就労の外国人の存在が自分たちに都合が良くなればそんなことは言わないのではないかとか考えたり。いや、あまり考えられることではないけれども。しかし、反創価というだけで矢野穂積のようなアカ崩れのキチガイクレーマーの言うことを真に受けてしまうところから考えるに、そんなこともあながち間違ってはいないのではないかと思うのだ。

まあ、彼らがレイシストかどうかというのはおいらの連中に対する批判とはあまり関係が無い。おいらは蕨の市民にオナニーを思う存分見せ付ける手法について、主張に対して支持は得られないんじゃないの? という批判だから。

2については言論の「存在場所」という部分でおいらがWallerstein氏の言い分を誤解していた部分はある。その齟齬は認識できました。しかしながら、どんな言動にもある程度の賛同者は集められると認識している。15年位前まであまりにも極端な思想や言動については賛同者が探しにくかったのだが、www(とgoogle)の普及により自分と似たような傾向の人間を探しやすくなったということに過ぎないのではないか。そう考えると、そういう発言を堂々と発言し、それが共感されるような場所というのは法で規制しない限り無数に存在しうると考える。しかしながら、そういう発言をする人間を嫌う自由もまた存在するわけであって、そこを「共感しろ!」って日章旗持って多数の人間で押しかけるのは違うと思う。

思考に制約が課せられない以上、人間の価値は対立する人間に対してどれだけ寛容かで決まるんじゃないかな。もちろん、どんな人間にも限度があって無制限に寛容ということはないんだけれども、おいらの場合は「法的に公平である」ことが一つのラインであって、そこが侵されそうならば反対しなければならないだろう。いや、「朝鮮人は入国時に片腕切り落とすようにしようぜ」とか「朝鮮人はいつでも金属バットで殴っていいような法律作ろうぜ」とかおいらレイシストだから考えるよ。でも、それが実際に実行に移されそうになったら、どんな手段を用いても反対しなければならないのだろう。そんなのは自由ではない。

もう一つ。titan351氏からもTrackBackもらってる。

批判者は批判対象に似る?

蕨市でデモってた両陣営を批判してるmiracleさんだが、この人と新風や在特会の間に見出せる違いはおおまかに次の二点に過ぎないように思う。

一点目は影響力と周囲の反応。あの団体は各地に駆けつけていって、アレな主張で一般人をドン引かせ、敵を増やす。miracleさんは自分の主張をblogで書いているだけなので、blogを読んだ人のみにしか影響を与えない。しかも、blog読者は一般的には、管理者に対しシンパシーを持っているものであり、その間においてはあまり強い反発は受けずに済む。

二点目はレイシストである自覚があるかどうか。

そのような違いはあるものの、それ以外には大差はないように思える。

在特会は上記したとおりの理由により「どんなアレな主張でも賛同者はいる」というサンプルに過ぎない。何よりもおいらの在特会(と関連団体。最近は「行動する保守」とか銘打っているみたいだけれども)批判は社会に対して何かしようとする手法についてであって、彼らがレイシストかどうかなんて割とどうでもいいし、言っていること自体はそんなに遠くない。東村山のアレについては何とかして欲しいが、もう矢野と心中するつもりなんだろう。あと集団ストーカー被害者w

社会に対して何かしようと思ったら基本われわれには方法は3つある。

  1. 勉強していい大学行って官僚か法曹になりましょう。
  2. 被選挙権を行使して選挙の信託を受けて政治家になりましょう。
  3. 選挙権を力いっぱい行使しましょう。

それ以外のことは全て邪道なんだよね。やっても世の中の人間ドン引きさせて終了さ。何も残るものなどありゃしない。けれども奴らの中では何かを達成した気になってる。本当に馬鹿馬鹿しい。

miracleさんは当然理由次第で阪神大震災を喜ぶ韓国人の感情も正当化される、また、レイシズムが自分自身に向けられることも許容すると考えるのであろう。別にレイシズムが悪というのが絶対的な真理というつもりはないが、レイシズムを撲滅しようという方向で世界は動いている。である以上、レイシズムを駄々漏れにしている人間が自分と内容・方向性がかぶる主張をしていれば、足を引っ張られることにもなりかねないのである。つまりいわゆる「無能な味方」になりかねない存在であり、たとえ影響力に差があろうとも、その点からも新風らと同様の存在なのである。

確かにそこいらへんは以前とは少し主張が変わってきていて、おいらは朝鮮人の日本人差別については特に気にならなくなった。マジで。「もーあいつらしょうがねえなアハハ」みたいな。むしろ「差別は良くありません」といっている人間が朝鮮人の日本人差別に寛容なことの方が気に入らないかな。

大体そんなあなたもレイシストを差別していないかね? いいよ? 「レイシストなんぞ差別されて当然です」って宣言しても。しかし、レイシストというだけで味噌もクソも一緒に評価するっていうのはあなたの批判する「朝鮮人というだけで評価が−50000点からスタート」というのとどこが違うの? おいらはこういう循環論法に飽き飽きしてるんだよ。

そもそもさ、レイシストというだけで差別されなければならない論拠ってあるの? 問題はレイシストが自分のヘイト感情を満足させるような立法をすることなんじゃないの? 上記した通り、おいらはそれには断固反対なんだけれども。

どいつもこいつも自分の気に入らない人間の自由なんて守れとは絶対に言わない。本当にアホらしい。自由ってそんな生易しいもんじゃない。

そう考えると、やっぱりローザ・ルクセンブルグは本当に素晴らしいと思う。彼女のレーニン批判はいつ読んでも素晴らしいと思うよ。アカは嫌いだけど。Freiheit ist immer die Freiheit des Andersdenkenden.という言葉は自由な社会に生きる人間は誰も彼も噛み締めなければならないと思うよ。

posted by ミラクルさん at 00:22| Comment(2) | TrackBack(1) | BLOG談義 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ども、はじめまして。
エントリの趣旨からはちょっと外れたトコロに、違和感です。
縛られてます。十分に。

> 社会に対して何かしようと思ったら基本われわれには方法は3つある
(攻略)

政治的な表現方法はもっと多様で、豊かなものです。
ドン引きするのは単にその人が不慣れだから、政治的に未熟だから。
勿論それは当たり前のことです。「当たり前の市民」は皆生業に手一杯で、それ以外の方法に理解を示すだけの余裕=能力が無いのですから。
ですので、引かせちゃうようなやり方が問題、というのは一理有ります。

でもね、やってる方も多分いっぱいいっぱいなんです。それこそ生業もありますしね。
ですから、(1970 年代前半のバーンスタインの指揮みたいな)説明主義的な振る舞いは期待できませんけど、でも彼らの理由と存在理由は、miracle さんが思い描くモデルより遥かに深く、重く、そして効果的なんですよ。

・ miracle さんの挙げた 3 つ以外の方法に対してドン引きしない方法は、幾つもある

・ miracle さんの挙げた 3 つ以外の方法に対してドン引きする相応の理由も、幾つかある

とすれば、まあ miracle さんご自身が実は机上の空論者なのだと予想は着くわけです。貶める意図はありませんよ。ただ事実として、その解釈が或いは成り立つであろうことを、ご自分の文章の中で自覚していただけたらと思います。
Posted by 鶫 at 2009年05月09日 02:16
暑いなどーも。こんな日は早いところ切り上げて屋台で一杯の生ビールが良い。ヱビスなら尚更だ。

>鶫さん

こーさ、政治的に進んでいるわれわれインテリゲンチャが前衛として無知蒙昧な大衆を善導するぞ! っていうモデルが既に時代遅れなんだよ。当たり前の市民は政治的に未熟だからではなく「だがそれはオレの人生とは関係ない」って考えているからこそ「賢しげに何言ってやがるばーか」ってなるんよ。

能力はあるさ。あるからこそ胡散臭く思っているのさ。どうだい? おいら達の知識の集積は15年前とは格段に違うだろ? 15年前ならおいらの言い分は机上の空論で終了してもよかったけど、その空論が成立する余地がうまれてきてるのさ。

それにね、選挙によって信託を得ている政府のやることが少数の人間がギャースカ騒ぐことによって覆るというのは民主主義じゃないだろ。声の大きい馬鹿と声の小さい馬鹿を公平に扱うことが民主主義であり、それは秘密選挙という方法でしかない。

もうさ、社会全体がプッシュ式プレゼンを排除する方向に動いているのさ。家電量販店でも「店員が声をかけません」っていうのがサービスになってるでしょ? あなたは勧誘電話にどれだけの時間を割きますか? 政治的主張も一緒さ。「オレの話を聞けー!」ってがなっているというだけで民主主義的に排除される社会になっているのと違うか? もちろん、日本は自由の国だから馬鹿が馬鹿をやるのも自由。

>でも彼らの理由と存在理由は、miracle さんが思い描くモデルより遥かに深く、重く、そして効果的なんですよ。

それはもう過去の話だね。このご時勢にガリ版刷りで怪文書を撒いたり、街頭で声を張り上げる必然性など何一つない。皆、何が正しいのかも含めて自分で考えりゃいい。そんなことまで人に言われないと考えられない人間がいるということが驚きさ。んで、蕨で見たのはそういう人間だらけだったよ。そんな馬鹿は社会から資本主義的に排除されてしまえ。今一生懸命東村山で怪文書撒いている馬鹿とかさ。

そんな街頭で首根っこひっつかまえて「自分たちは正しい!」って絶叫しなければいけない連中の戯言が正しいはずはないし、社会に受け入れられないのは正当な扱いだ。

選挙に出るつもりのない人間の言うことに耳を貸すつもりはこれっぽっちもない。右も左も何かしたかったら選挙に出ろよ。それ以外何をやっても全てオナニーさ。
Posted by 管理人 at 2009年05月11日 17:21
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批判されただけで「差別された」とか言うのは見苦しいと思う
Excerpt:  さすがにこれはちょっと…。 そんな鎖じゃオレの魂は縛れない-白馬のmiracleさんなんて信じてるわけじゃない 大体そんなあなたもレイシスト...
Weblog: 人の振り見て
Tracked: 2009-04-28 01:03
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