2008年09月13日

覚悟とは1

なんか荒井さんがライトウイングの人に叱られたらしい。

お前らネットの人間てのはな、遠くからコソコソやるだけだからダメなんだっつうの。ネットで啓蒙活動するのもいいだろうけどな、オレらは現場主義であることが第一なんだよ。意味がわかるか?新風の主張がおかしい、天ぷらだってんならな、お前が直接瀬戸の所に出向くか呼びつけるかして話つけりゃいいだろ?

瀬戸は創価を憎悪してるから、100の内1でも穴があればそこに突っ込んで行くんだよ。現場主義ってのが右翼の基本なんだから、そりゃ東村山で街宣もするだろう。それは仕方ない。

だからお前がそれを否定したい、守らなきゃならない弱い人間がいるってんならな、まずはお前が身体を張って瀬戸から守ってやれよ。瀬戸が現場主義でやってんだから、お前も堂々と姿を見せて正面からぶつかれ。それが右翼の世界の礼儀だっての。

オレら右翼の人間ってのはな、法で裁けない巨悪を叩くことが目的なんだよ。それが存在意義なの。わかるか?

例えば南京大虐殺や朝鮮侵略なんてふざけた話があんだろ?あれなんかそんな事実はないってのに 「嘘もつき続ければ本当になる」 と繰り返し繰り返し宣伝されてな、それで無知な国民が 「ああそうなんだ」と信じてしまったんだよ。だから街宣でも文章でも宣伝ってのがそれだけ大事だってことなんだよ。

もしお前が瀬戸の言い分がおかしいと主張したいなら、どうでもいい所で手打ちしようとか、訴えて終わりにしようとか考えないで徹底的にぶつかれ。お前自身が身体で瀬戸にぶつかれ。判決がどうとか言ってるだけじゃ届かねえんだよ。

相手に伝わるように筋を通して抗議しねえと瀬戸達はお前らの言い分を理解しねえし、東村山への攻撃を止めねえぞ?あいつらはそれが正義だと思ってやってんだからな。まずはお前が瀬戸に届くように主張しろ。

100の内1でも疑わしかったら社会正義の名の下に突っ込むのが右翼の仕事だ。その点だけを考えたら新風は "右翼としては" 間違っちゃいない。方法が間違ってて法によって裁かれることになったとしても、それはそれで瀬戸も覚悟の上で本望だろう。あいつが本当の右翼者ならな。

そういう現場主義の右翼の主張を引っくり返したいなら、お前も右翼の流儀を勉強して堂々とやれ。

それに瀬戸やオレらのメンツなんて気にして動けるほどお前は大物か?オレから見たら尻の青いガキだろ?だったらわき道ばっか見てねえでガキらしく正道を行け。それで徹底的にやれ。その上で何か困ったら話持って来い。

まずは相手が右翼だってんなら右翼としてお前が筋を通して直接話をしろ。インターネットだけでガチャガチャやって解決できるだろうなんて甘ったれんな。

瀬戸の言い分がおかしいと思うなら徹底的に書け。それでネットに書くだけじゃなく瀬戸に直接会って 「弱い者イジメしてんじゃねえ!」 と抗議しろ。それでダメなら相手が音を上げるまで徹底的に書いて 「瀬戸はおかしい!」 と宣伝しろ。

理解できる部分と理解できない部分がある。

結局のところおいらが頭に来る原因というのは法で裁けない巨悪を叩くという思い上がった精神なのだ。悪かどうかを判定するのはつまるところ法律にしかなく、それを否定するのはどんなものであれ排除しなければいけないと思う。100のうちひとつでもおかしいと思ったら突っ込んでいくような馬鹿は黙っていろといいたい。しかし、この荒井さんに説教をした方もその世界では立派な方なんだろうし、ああいう世界でのし上がった方というのはきっと尊敬できる何かを持っているとは認識している。間違っても三省堂書店で本を6冊万引きするようなことはしないと思う。

思うに、宣伝にもいい宣伝と悪い宣伝があり、事実に基づく正しい主張を法に則って主張するのは必要だと考えるのだが、事実に基づかなかったり、間違った手法で宣伝しているのは最早排斥すべき対象でしかない。そして、ネットの普及によりよい宣伝と悪い宣伝を見抜く力というのはみんな確実に上がってきていると認識している。この方が仰るような無知な国民というのは存在しないと思ってよいのではないかと考えている。ついでに南京大虐殺も従軍慰安婦もよく知られるようになったのは右翼の街宣によってではなく、研究者の地道な調査と、公開された資料に誰でもアクセスできるようになったことが大きい。「作る会」や「ゴーマニズム宣言」のようなセンセーショナルな手法も効果は大だったろうと思う。

しかしながら、このように正論を正しい方法で広めてコンセンサスの熟成を待つ方法は時間がかかることは認めるし、今現に矢野穂積や瀬戸弘幸の被害にあっている人間にはひょっとしたら無力かもしれないということは認める。そして、それでは意味がないということも。で、あるならばこの方の言うような手法も取らざるを得ない。そう考えると実にありがたい説教だとも思えてくるのだ。

まあ、なんつーか本当においらが東村山市の置かれた環境に同情してなんとかしたいと考えるならば、もう少し覚悟を固める必要があるのかもしれない。新風が馬鹿をやるのをネットを通じて晒し上げるのは非常に楽しいが、それで困っている非のない方々というのは確実に存在するのだ。清濁併せ呑む必要があるのかもしれない。しかし、この言葉を自分で口にする人間というのは往々にして濁しか呑んでいないので、この言葉は余り好きではないのだが。



posted by ミラクルさん at 23:40| Comment(3) | TrackBack(1) | 東村山市関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ネットで匿名で言うだけなら云々か…
鳥越の俊ちゃんと同じじゃないかなぁ…
Posted by レン at 2008年09月14日 09:18
 ある部分では納得できる話です。
 拉致問題も、被害者家族の皆さんが「実際に動き、誹謗中傷され、法の保護をも受けられず、時には生命の危機や名誉の侵害を受け続けながら」頑張ってきた結果として今がありますからね……

 とはいえ、世の不条理やプロパガンダ的陰謀に巻き込まれた人間すべてにそれだけの行動力と覚悟と犠牲を常に強いるのが社会正義か?と言われたらそれにはNOと答えたい。
 社会正義とは、もっと青臭くて頼もしい存在であってほしいから。たとえ理想・幻想に過ぎないとしても。
 実際には社会正義を標榜する人間ほどうさんくさい、というのも困りものですが……

 ひとつ引いてしまうのは、この中の「相手が右翼だってんなら右翼としてお前が筋を通して」という部分ですね。
 それ普通の人は「893の論理」として認識してますから! 一般社会では「立場の違い」を互いに認識し理解する作業が不可欠ですから!

 「現場主義の右翼」の末路はつまるところ2.26だと私なんかは思ったりしちゃうんですが、そこのところはどうなんでしょうかなぁ。この論理だとやっぱり「筋を通して抗議」せずにクーデターまで持って行かれた側が全面的に悪いのか?と……
 あんまりまとまってないですが、もう少し自分の中の考えを整理してみる予定。
Posted by Tamanegi at 2008年09月14日 11:13
>レンさん

鳥越は曲がりなりにも言論で生きてる人だから、匿名だからって正論を否定しちゃいかんだろうって思ったけど、この件は正論もへったくれもない頭の悪い人たちが街頭で暴れているのを何とかしなくてはならないというのがあって。

難しいね。右翼な人たちの言いたいこともよくわかるんだよ。DQN自慢なんだけれどもさ。

>Tamanegiさん

うん。ヤクザの論理をこれ以上通用させるのはよくないと思う。正論の力という物を信じたいし、そこは踏み外してはいけないところ。

ただ、現実DQNに絡まれている人に対して「そういうのはよくないと思います」というだけではあまり役にはたたないのも事実。つまるところ、もっと公権力が気軽に発動するしか対処法はないと思う。

Posted by 管理人 at 2008年09月15日 16:45
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年寄りの意見
Excerpt: 4分の1がネットを知らないとしたら。 覚悟とは1 例によって、本題(新風)には興味が無い。 あれは右か左かの差があるだけで、やってることは朝日や毎日と同じだもんな。早く滅びれば良いのに。 思う..
Weblog: 小川暇つぶしチラ裏
Tracked: 2008-09-18 02:40
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