今日はDVD3本借りてきてみているわけだが、そのうちの一本目「引き裂かれたイレブン」は自分が今まで調べているテーマの参考文献としてとても面白かった。
でまあおいらがユーゴスラビア話を始めるとまた長くなるのでちょっと脇に置いといてだね。この作品は膨大なインタビューが魅力だと思うのだが、なかでもサビチェビッチに多くの時間を割いている。んで、1999年のザグレブでのクロアチア−ユーゴスラビア戦の直前にインタビューを受けているんだが、インタビュー中にクロアチア人のサポーターに罵られてプッツンきちゃうのね。
「その口を閉じろ! 腰抜け野郎! かかって来いぶっ殺してやる!」
さて、某所でさららさんに対してうだうだ言っている連中に聞きたいのだがね、お前らはデーヨに対しても同じように言うのかね? 「死ね」と発言する人はレベルがなんとかいうのかね。もちろん、彼らの辿って来た過酷な道のりを知っているおいらはとてもそんなことは言えない。
まあ、答えたくなければ答えなくてもいいが、それはそのままお前らの知的誠実さのレベルの低さを物語るよな。
【BLOG談義の最新記事】


>stachyose
そう言えばこの方を最初に見かけたのは、アカリさんのプログでした。
アカリさんに協力しますか手助けして下さいかどちらかは忘れましたが、その発言直後、音信不通(私の心の声:おいおい)...一ヵ月後、ヒョッコリ出現し何かウダウダこれも経験ですとか自己弁護初めて、改めて議論に参加してゆきました。(私の心の声:不安材料が増えてだけでは...)
そして数ヵ月後、自分の都合に副わない方向にいくとアカリさんに噛み付いいるのを見かけて今に至ります。
こんな方でも受け入れるアカリさんの懐は広いのは関心できました。わたしなら....。
ああ本当に惜しい人を亡くした。
さららさんの場合、経緯を知ると、なおさら幼稚だと思ってしまう。私の周りには壮絶な人生を送っている人がたくさんいるが、彼らは「死ね」などと感情をぶちまけない。たまにする人もいるけどね。
居るんじゃないか。
別に相手が必ずしも「自分の知る中での大多数」に該当する必要はこれっぽっちもないんじゃないかな。
>stachyoseさん
感情をぶちまけて何が悪いさ。
>さららさんの場合、経緯を知ると、なおさら幼稚だと思ってしまう。
本当に経緯を知っているかはさておくとしようか。理解していないと思うけどね。おいらの過去ログを読んでも理解していないみたいだし。
んで、よく読むと「幼稚だなあ」というのはお前の私的感想であってなにか論拠があるわけじゃないな。だから「おいらはそう思わない」でああ、あとはお互いの価値観の違いですねで終了しちゃうんだよ。お前が仮に経緯を理解していたとしても。
でも、お前は経緯を理解しないでさららさんを「幼稚だ」と断罪しているわけだ。なにその傲慢さ。反吐が出るよ。
んで、お前の少ないほうのお友達にはきちんと「お前はとても幼稚だな」といっているのかね? 言っていないならさららさんだけにその断罪を行う動機は何かね?
>Sadaさん
アカリさんは「余計なお世話焼き(深沢さん評)」がおいらもあたってると思う。彼女がここまで首を突っ込む必要は無かったのに。本当に惜しい。
馬鹿の相手など血に飢えてる連中に任せておけばよかったのだ。
>うなさん
まあ、そうだな。なんでさららさんにはそれを要求するの? っていうのがな。
その「経緯」を曲がりなりにもある程度リアルタイムで見てきた人間の一人として、
>経緯を知ると、なおさら幼稚だと思ってしまう。
という言葉には愕然たる感慨があります。はい。
「嘘・言葉の暴力・人格攻撃」に抵抗してきたものの積み重ねに対して、効果の有益無益に関する評価の差こそあれ
>幼稚だ
って言えてしまうのは、凄いことだなと。
自分の信ずる良識や尊厳が踏みにじられるあるいは否定される状況で
「ただ感情をぶちまけ」
ることが、いったいそんなに悪いことなのか? 嘘や妄言ばらまくよりよっぽど健全じゃね? と思う次第。
それが嫌なら議論によって互いに「感情の齟齬を理性で埋め」ていけばいい。「死ね、はダメ」「荒らし認定した相手はまともに話す必要なし」とかの感覚的なタブー攻撃じゃあ齟齬は埋まらないのは明白。
「感情をぶちまける=幼稚」ってのだって、そもそも酷い決め付けじゃないかと。
単に語彙が少ないだけの拙さを指して言うならまだしも、「感情をぶちまける」に値する理由があるならそれは幼稚でも何でもない。「理由がない」? そう批判したいつもりならそう最初から言えばいい、前提すっ飛ばして「幼稚」とか言う必要は皆無。
そもそも、
高: 虚構の流布>>[有害度]>>感情ぶちまけ :低
だと思う私は何か間違っているのだろうか。
そういう話ですよね?>皆様
>別に相手が必ずしも「自分の知る中での大多数」に該当する必要はこれっぽっちもないんじゃないかな。
そうですね、そんな必要はありませんよ。そんなことをいったつもりはなかったのですが。負の感情をぶちまけないでやっている人を知っているから、経緯を踏まえるとなおさら幼稚だと感じるわけですよ。「経緯を知らないくせに」云々いう奴がいるから、書いてみたけど、こんなのは感想にしかならないよね。
>miracleさんさん
>感情をぶちまけて何が悪いさ。
もし、「死ね」と言われた人が本当に死んでしまったら、その言葉を放った人は良心の呵責に耐えられるかね?社会/他者から責任を問われるのはもちろん、自分で抱く罪の意識は生きるうえでかなりの負担だろう。miracleさんさんの場合、そういったことが問題にならないとしてもだよ。
「死ね」を発したくなるような気持ちを理解してあげるのは構わんけど、その人のためになることを考えるのなら、なぜ止めろと忠告できないのかね?
>本当に経緯を知っているかはさておくとしようか。
さておかれてませんが・・・。ここら辺の話は、無宗ださんのところで書いてあるので、足りなかった言ってください。
ところで、言葉の重みはともかく、「幼稚だな」と言葉を言う人も「死ね」っていう言葉を言う人もなーんにも経過を知らない僕にとっては、そんな言葉を発する感情を抑えられなかったという一点に限ってどっちもどっちに写っているのですが。「幼稚だな」って言葉に蔑みという負の感情がなかったとは言わせませんよ?
「死ね」って言葉は罵りですが、僕には「幼稚だな」って言葉も罵りにしか読めないのですが、stachyoseさんは罵りに読めませんか?
Tamanegiさんのコメントに反応して書き込もうとしたんですけど、エラーがでます。禁止ワード、文字数制限とかありますか?
HNのタイプミスがありました。大変失礼しました。
(声高に?)非難しているわけですから、罵りといわれても仕方がないでしょうね。見苦しい言い訳に聞こえるかもしれませんが、私が言いたいのは、負の感情の発露として放たれた言葉の影響を考えないのは問題ありだということです。
「死ね」が実行されたら困りますが、「幼稚」を自認されても困りません。言われた事にショックを受けて、とんでもないことになったら責任は取らねばならないとは考えています。
>stachyoseさん
seesaaのトラブルでたまにある。ごめん。
そういう時は15行ほどに短く区切っていれてくれんかな。長文の処理でこけてると思うんだがよくわからない。
ミラクルさんを説得しに来たのが、大人会話を説きに来たのか、罵りに来たのか、友達を紹介しに来たのか、単に独り言を書いているだけなのか、交渉の文章にしては中途半端すぎて何が目的か分からないですね。
どうもありがとうございます。長いコメントばかりで、ごめんなさい。
>Tamanegiさん
>アカリさんがかなり肉薄してますがそれでもさららさんには一歩譲るかなと。
あんた何様?自分発の「虚構・妄言・暴言」を無くしてから言いなさい。「90%」は訂正したのかい?
http://stachyose.blog31.fc2.com/blog-entry-16.html#comment173
『「自身や周囲に対する虚構・妄言・暴言」に対して心身を削って』という経緯があると、「死ね」という発言が容認されるんだ?あんた、いわれひこさんが本当に死んでも同じこと言える?
>「感情の齟齬を理性で埋め」
それを放棄したのがさららさんだよね。もちろん、いわれひこ氏も随分前から放棄しており、謝罪もしない、「幼稚」な人だね。
(続く)
そんなこと、どこに書いてある?また適当なこといってるな。ところで、Tamanegiさんは「死ね」という言葉をネット上に書くことを許容できる理由を述べられますか?
>高:虚構の流布>>[有害度]>>感情ぶちまけ:低
こういう比較できない問題を、比較してしまうのが、Tamanegiさんのダメなところでしょう。「有害度」の指標は何?どちらも有害ではあるが、一概にこんな関係が成立するとはいえないだろう?
他者に与える精神的ダメージで有害度を評価する時、「死ね」といって感情をぶちまけるより、有害度が低い虚構なんていくらでも例示できるぞ。
>Tamanegiさんは「死ね」という言葉をネット上に書くことを許容できる理由を述べられますか?
何でてめーが理由を聞いてるんだ?
自己批判してからキーボードに触れろ。
残念ながら、中畑さんの誤読/勘違いの結果をフォローするつもりはないのよ。ずっと解らないままでいてね。
>Sadaさん
目的が読めなかったのであれば申し訳ない。
何が言いたかったかというと、「幼稚だ」という判断を下した理由が「感情を抑えられなかった事に対して」なのだから、実際に「幼稚だ」と言ったstachyoseさんに対して、『その主張をしたいのであれば、「幼稚だ」という言葉は適さない。そんな罵りをしている自分も幼稚になるだろ。』ってことです。
だからここに、言葉の影響力なんてものは考慮されていないのです。「死ね」が実行されようが「幼稚」を自認されようが、そんな事は関係ありません。
で、ここまで説明すれば目的はお分かりでしょうか?つまりは、stachyoseさんの説得に属します。「言葉を選ぶべきだった」という事に関して。
蛇足に属するとお思いでしたらおっしゃってください。
>「幼稚だ」という判断を下した理由が「感情を抑えられなかった事に対して」なのだから
そうではないと上で申し上げています。放たれた言葉の影響を考えることができなかったときに、「感情を抑えられなかった」と揶揄されるわけです。他所では感情を理に優先させていると説明しました。「幼稚」は、将来に想定されるべき状況を無視して放たれた言葉ではありませんし、抑えるべき表現だったとは思いません。
ところで、Sadaさんのコメントは私に向けてのものでしょう。目的は何なのかわかりませんが・・・
stachyose さんの文面に対しての感想を書いていました。
率直に言いますと、「死ね」は幼稚な感情のぶちまけという根拠で発言されていますが、現状の説明では微妙です。
自殺志願者や医者がサジ投げた難度の鬱病に対してでした危険は増しますが、己の保身の為に、誹謗中傷、虚構を並べている方は、生きる事生き残ることに執着し貪欲で必死です。もしくは相手の話を理解できないあほう。まず自殺はありえません。
ですから言葉を並べるよりも「死ね」という全否定をすることもあります。(ミラクルさんの本意は私にはわかりませんが)
人間死ぬときは、何が切欠か誰にもわかりません。「死ね」だけ特別にされるほうが、更に危険が増すだけではないでしょうか?
己の発言にはすべて責任をもつのが言論の責任かと思われます。どのように責任をとるかも人それぞれ。
結果、「死ね」は感情のぶちまけと言われ、本当に死ぬかもしれないからという説明もまた幼稚な発想と私には思えます。
>stachyoseさん
>あんた何様?自分発の「虚構・妄言・暴言」を無くしてから言いなさい。
鬱陶しい枕詞はさておき、私は「虚構・妄言」を流布しようと意図、ないし実行した事は(ネット上・リアル問わず)ありません。「暴言」は少しあるかな? もちろん流れ上の理由あってのものですが。
「90%以上」の件については(本件と無関係ですが)返信したので、そちらをご確認いただければ有り難いです。
>(前略)経緯があると、「死ね」という発言が容認されるんだ?
>あんた、いわれひこさんが本当に死んでも同じこと言える?
されると思います。単なる「感情のぶちまけ」なんぞよりよほど、「無根拠の中傷・罪のなすり付け・虚構による悪評の流布」他もろもろの方が有害です。
「精神的ダメージ」で言えば、保身のための嘘を垂れ流して恥じない側とそれに何とか抵抗・改善を試みる側……どちらがより厚顔か・繊細かは容易に判別できるでしょう。むろん、保身のための嘘を垂れ流す側がより「繊細」でなどあり得ないのは言うまでもありません。
上記の確定的推定により、「死ね」という言葉によって「いわれひこさんが本当に死」ぬなどという事はあり得ませんが、実現性皆無ながらもし仮定が実現したとしたら「ああ、自分の嘘や妄言による迷惑・有害性をせめて命で償うだけの羞恥心は持っていたか」と少しだけ感心します。
「経緯を知って」いない人なら、もしかしたら私のこの考えに対して「そんなことを言うとは残酷な!」と言うかもしれませんな。「過去ログ嫁」の領域ではありますが。
>それを放棄したのがさららさんだよね。
最初から放棄し続けた相手に辛抱強く粘り強く「理性」による解決を主張し続け、なぜかいろんな人(「対いわれひこ批判なし」の共通点を持つ人達)にそれを妨害され続け、最終的に「放棄」する道を取った「経緯を知って」いますので、「幼稚だ」などと口が裂けても言えません、私は。はい。
stachyoseさんの中では「最初から放棄」と「粘り強く努力した末に放棄」が同じ「幼稚」だという事になるのでしょうかね。想像を絶する価値観ではあります。
>そんなこと、どこに書いてある?
「ただ感情をぶちまけているだけ」なのは「幼稚」なんですよね、貴方の中では。
しかし、今回の件にしても一般論としても「相応の納得できる理由(度を越した被害や相手の悪質性)」があれば、「感情をぶちまける」行為自体が絶対悪だ、幼稚だなどということはありません。また、「感情のぶちまけ」とは「最も率直な意見表明」でもあり、「虚構の流布」に比すれば有害性など微々たる物です。
自己保身のために他者を貶める「虚構の流布」は当事者を含めた多数の人間を巻き込み貶め傷付ける上に情報の回復努力を余儀なくされますが(「流布」した側が謝罪・撤回しない限り)、「感情のぶちまけ」は当事者の間だけの問題です。ましてや今回の件は「長く傷付けられ続けた側が、最後の手段として」取り出した手法。比較するまでもありません。
>Tamanegiさんは「死ね」という言葉をネット上に書くことを許容できる理由を述べられますか?
はい。
上段落の説明がその理由として相応しいでしょう。
他者をさんざん貶めた人間が逆に「死ね」と言われたからとて傷付いたーだの言葉が悪いーだの、どの口で言うのか気が知れません。そのように弁護する方々もまた然り。
>「有害度」の指標は何?
当事者を含め、どれだけ多数の人間を巻き込み貶め傷付けたか。その後にどれだけの情報の回復努力を余儀なくされ得るか。
「感情ぶちまけ」の影響範囲や情報回復の必要性、どちらも「虚構の流布」の足元にさえ及びません。
>感情をぶちまけるより、有害度が低い虚構なんていくらでも例示できる
「虚構」ではありません。「虚構の流布」です。
しかも今回の経緯に関しては「自己保身のための」というドデカいおまけまで付きます。
「感情をぶちまけるより、有害度が低い自己保身のための虚構の流布」なんてもの、例示できるとは思えませんがしたければいくらでもどうぞ。
>残念ながら、中畑さんの誤読/勘違いの結果をフォローするつもりはないのよ
どこかで貴方が同じ対応された時には随分粘っていた(る?)ような気がしますが、攻守変われば態度も変わりますね。今となってはあまり違和感もありませんが。
>stachyoseさん
>もし、「死ね」と言われた人が本当に死んでしまったら、その言葉を放った人は良心の呵責に耐えられるかね?
馬鹿が報いを受けて惨めな死に方をしましためでたしめでたしで済むんじゃない? 1%でも死んだら残念と思う人に対しては使っちゃいけないと思うし、実際においらは使わない。いわれひこやKomichiなんてのは死んだらそれはよいことだと思うし、きっと目の前に現れたら殴ったり蹴ったり刺したりするだろう。でも学士様に対しては死んじゃうとあの素晴らしい芸術的な電波が鑑賞できなくなるのでいつまでも元気でいてくださいと思ったりする。
もし、良心の呵責とか感じて嫌だなあと思う人は使わなければいい。しかし、おいらはそんなものは感じない。さららさんも多分感じないからそう書いたんじゃねえかな。
>さておかれてませんが・・・
いや、お前の認識している経緯が事実に基づくか検証しようという作業は後回しということ。何が問題かというと「経緯はよくわからないけど」ある事象のみを取り出してそのことだけを批判する傲慢さだ。おいらが何も知らずに「英国4協会ってずるくね? なんで4つもサッカー協会があるの?」って言ったら普通は馬鹿扱いされると思うし、それは正しいと思う。
「経緯は同でもいい」「経緯関係なしに」と言っている時点でどんなに道理にかなった主張であれその説得力は少なくとも半減。ましてお前は「幼稚」だの何だのdisっているわけなんだから説得力を持たせることを放棄した時点でただの言いっぱなしさ。
>A.Kirishimaさん
そうだな。なんでさららさんにだけ居丈高になって幼稚だの何だのいうのかというところ。本人はその自覚が哀れなほどに無いけれどもそれは認知によからぬバイアスがかかっているからじゃねえのっていう。
>Sadaさん
いや、目的はどうでもいいと思うよ。stachyoseさんがおいらのBLOGのコメント欄で寝言を言っているというだけで十分さ。
>中畑さん
まあ、思いは同じなんだがw<何理由聞いてんの
その戯言も思う存分開陳させてやろうぜ。ネットは自由な環境だからな。もちろんその戯言を好きなように批評するのも自由さ。
あと、ネカマはそんなに恥ずかしいことじゃないと思うよ。バレなければなw。
>stachyoseさん
>Tamanegiさん
ヴァーチャルウォーターについてはおいらは論ずるに足るだけの知識が無いから触れない。
>>高:虚構の流布>>[有害度]>>感情ぶちまけ:低
そりゃstachyoseさんは比較できないさ。「死ね」って言う発言だけ見てその言葉を吐くまでに至った経緯を見ていないんだもの。でもおいらやTamanegiさんなんかはこの比較は当然のことだよな。何かの事象があった場合にはその原因は何か、それは正当なことなのか評価するから。
比較できないのはただ単にstachyoseさんが「真実なんてどうでもいいニダ!」って駄々をこねているだけ。同じ感情ぶちまけでもいわれひこが言い始めたら「そりゃお前が出鱈目ばっか抜かすからだろ」で済ませると思うよ。
>他者をさんざん貶めた人間が逆に「死ね」と言われたからとて傷付いたーだの言葉が悪いーだの、どの口で言うのか気が知れません。
こういう自己肥大は本当に見苦しいからおいらの中ではそれだけでチクロンBばら撒いても許容できるような悪なんだがな。
>「虚構」ではありません。「虚構の流布」です。
追加するならば、BLOGで書くことを「流布」に含めない人間がいるから困ったものだ。
>Sadaさん
すみません。対象を勘違いしました。orz
>stachyoseさん
不自然な事この上ありません。どこが不自然かと言うと、最初におっしゃられた言葉は以下の通りです。
引用開始
「死ね」と思うことは理解できるな。そう思うことは否定しない。しかし、自分の記事上に「死ね」と書くのは幼稚だ。ただ感情をぶちまけているだけだからね。
さららさんの場合、経緯を知ると、なおさら幼稚だと思ってしまう。私の周りには壮絶な人生を送っている人がたくさんいるが、彼らは「死ね」などと感情をぶちまけない。たまにする人もいるけどね。
Posted by stachyose at 2008年08月04日 08:51
引用終了
で、その後僕に対しておっしゃった言葉が以下の通りです。
引用開始
(声高に?)非難しているわけですから、罵りといわれても仕方がないでしょうね。見苦しい言い訳に聞こえるかもしれませんが、私が言いたいのは、負の感情の発露として放たれた言葉の影響を考えないのは問題ありだということです。
「死ね」が実行されたら困りますが、「幼稚」を自認されても困りません。言われた事にショックを受けて、とんでもないことになったら責任は取らねばならないとは考えています。
Posted by stachyose at 2008年08月05日 00:05
引用終了
や、さらに僕に対しておっしゃられた発言(以下)があります。
引用開始
そうではないと上で申し上げています。放たれた言葉の影響を考えることができなかったときに、「感情を抑えられなかった」と揶揄されるわけです。他所では感情を理に優先させていると説明しました。「幼稚」は、将来に想定されるべき状況を無視して放たれた言葉ではありませんし、抑えるべき表現だったとは思いません。
ところで、Sadaさんのコメントは私に向けてのものでしょう。目的は何なのかわかりませんが・・・
Posted by stachyose at 2008年08月05日 08:11
引用終了
理由を後ですりかえないでください。あなたは最初に「感情をぶちまけているのだから幼稚」だとおっしゃった。だから僕はそれにかみついたわけです。
どう考えても「感情を抑えられなかったから幼稚」という事と「言葉の影響を考える事ができなかったから幼稚」はイコールではありません。
でもって、stachyoseさんはそんな事を考える余裕をもちながら、「さすがに、「死ね」という言葉はまずくありませんか?」程度の諌めの言葉が思いつかなかったとは言わせません。
それでは少しだけ僕も泥をかぶってみましょうか。
stachyoseさんはそんな「将来への影響」とか不確定な事を考慮するくせに目の前の人間への配慮が全くないので幼稚なことこの上ない。おまけに自論を展開して、その理由をすりかえるなど幼稚どころの話ではない。
[2008年08月04日 08:51]の私のコメントで「ただ感情をぶちまけているだけだから」といっているので、感情をぶちまけること自体がよくないことであるかのように読み取られて当然だと思います。だからその後の対応を以って不自然だという評価は甘受します。
しかし、話をすり替えているつもりはありません。既に説明したように、『感情をぶちまけた時に放たれた言葉による影響を考えるべき局面で』+感情をぶちまけたから、幼稚だといいました。感情をぶちまけたことを理由にしているのは今も変わりません。『』内のことを補ったのであり、理由をすり替えたという認識はもっていません。
さすがに、常識的に考えて、感情を表現すること自体を否定することはできません。
これ以上の弁明はできませんから、それでも評価が覆らないのなら、どうしようもないと思っています。
>stachyoseさんはそんな「将来への影響」とか不確定な事を考慮するくせに目の前の人間への配慮が全くないので幼稚なことこの上ない。
不確定な事を考慮するのも発言の責任だと思います。起きてからでは遅いでしょう。
A.Kirishima さんは、どういった配慮をするべきだったとお考えでしょうか?「幼稚」という言葉によって積極的にどういった悪いことが考えられますか?相手に納得させるための手法として拙いというのなら分かりますけど。
>miracleさんさん
ちょっと手がまわらなくなってきたので、手短に。
>>高:虚構の流布>>[有害度]>>感情ぶちまけ:低
>そりゃstachyoseさんは比較できないさ。「死ね」って言う発言だけ見てその言葉を吐くまでに至った経緯を見ていないんだもの。
比較はできないし、比較してはいけないと思う。虚構の流布による被害の質と感情ぶちまけによる被害の質は異なるものであり、有害度の指標に何を使うかで全く異なった結果がでる。比較自体に意味がない。それぞれに悪い効果があって、それぞれを排除する努力を並行すればよい。
>でもおいらやTamanegiさんなんかはこの比較は当然のことだよな。何かの事象があった場合にはその原因は何か、それは正当なことなのか評価するから。
前後の文の関係が不明。「死ね」発言を容認する理由として、虚構の流布の被害があったことを挙げるとしても、それを感情ぶちまけの被害度と比較する必要がない。
敢えて、死者数で有害度を計ったとしよう。私が短小包茎であるという虚構が流布されても誰も死なないけど、●●原理主義者の感情を損ねる発言があれば紛争勃発で死者多数なんてことはたくさんあるよね。有害度の大小関係は一般化できない。
>上記の確定的推定により、「死ね」という言葉によって「いわれひこさんが本当に死」ぬなどという事はあり得ませんが、実現性皆無ながらもし仮定が実現したとしたら「ああ、自分の嘘や妄言による迷惑・有害性をせめて命で償うだけの羞恥心は持っていたか」と少しだけ感心します。
私はこの部分を読んで、本当の吐き気を催してしまいました。Tamanegiさんは自分の子供が、周りの環境に影響されて、迷惑をかけるような人間になってしまって、ある時仲間からの「死ね」という言葉によって死んだ時でもこのような処理の仕方をするのでしょうか?
因果関係が証明できなくても、「死ね」という言葉を放った人に対しては、怒りの気持ちがわいてくると思うのですが。
過去の嫌な思い出がよみがえり、しばらく冷静になれません。無宗ださんのところも含めて、書き込みのスピードが遅くなりますが、ご容赦ください。
繰り返し繰り返し傷つけられ続けた末に考えに考えて「ぶちまけ」たのだから、「影響を考えた」に決まっていますな。
最近世間でもよく言われることですが、「強く言わなければ相手に通じず図に乗らせてしまう」ことは多々あり。
>stachyoseさん
>有害度の指標に何を使うかで全く異なった結果がでる。
そして有害度の指標はすでに表明していますね。
「当事者を含め、どれだけ多数の人間を巻き込み貶め傷付けたか。その後にどれだけの情報の回復努力を余儀なくされ得るか」。これに基づく共通の「有害度」を比較しています。
私の示したこの「有害」の基準が今回の件に当てはまらないならともかく、「何を使うかで全く異なった結果がでる」から「比較自体に意味がない」、というのは反論として成立してないですよね? 「何を使うか」はすでに特定してあるんですから。
>被害度と比較する必要がない。
大アリです。理由は前述。
>私が短小包茎であるという虚構が流布されても
それが流布者の自己保身に役立つのなら、例示としてまだ有効ですがねえ。
やっぱり「経緯」の意味を理解してらっしゃらないか……
>●●原理主義者の感情を損ねる発言があれば紛争勃発で死者多数なんてことはたくさんあるよね
聞いたことないです。「この嘘吐き、死ね」って言われてブチギレて紛争まで起こした奴がどっかにいたんですか?
>Tamanegiさんは自分の子供が、周りの環境に影響されて〜
その前に、結果として育て方を間違った自分自身に極めて重い責任を覚えます。仲間に言われて「死ぬ」前に、私の責任でどうにか矯正する方向に動くでしょうね。
まあ「死ねと言われて死」ぬような人間に育てるつもりはこれっぽっちもないですけどね。つーか家族親族が絶対許してくれませんので、そんなん。
>因果関係が証明できなくても、「死ね」という言葉を放った人に対しては、怒りの気持ちがわいてくると思う
どんだけ他人のせいですかそれ……
どう考えても「言われるような馬鹿に育って、言われるままに死ぬ馬鹿として終わった」自業自得。
命に代えてもそんな子供には育てられませんね。先に私が一族に絶縁されます、そんな馬鹿しか育てられない親だと見做されたら。
>書き込みのスピードが遅くなりますが、ご容赦ください。
お疲れ様です。
無理して殺伐とした書き込みをすると精神に悪いと思いますし、ご自愛を。
>stachyoseさん
>虚構の流布による被害の質と感情ぶちまけによる被害の質は異なるものであり、有害度の指標に何を使うかで全く異なった結果がでる。比較自体に意味がない。
いや、比較して論じなければならないのがまさにこのケース。いわれひこのやったこととさららさんの発言を天秤にかけて論じなければそれは説得力のある意見にならない。少なくとも全ての経緯を知る人間に対しては。んで、お前はその評価を行うことから逃げてるんだよ。
>私が短小包茎であるという虚構が流布されても誰も死なないけど、●●原理主義者の感情を損ねる発言があれば紛争勃発で死者多数なんてことはたくさんあるよね。
「何とか原理主義者の感情を損ねる発言」の中身を検証しないことにはなんともいえませんな。あと、その発言が流布されるに至った経緯を。
>Tamanegiさんは自分の子供が、周りの環境に影響されて、迷惑をかけるような人間になってしまって、ある時仲間からの「死ね」という言葉によって死んだ時でもこのような処理の仕方をするのでしょうか?
おいらはそんな低脳は生きるに値しないと考える。ああそうさ。弟死んでくれないかな。国に頼んでも懲役6ヶ月だからな。
>因果関係が証明できなくても、「死ね」という言葉を放った人に対しては、怒りの気持ちがわいてくると思うのですが。
やつあたりかい。みっともねえな。
>「死ね」は苦しめることを目的で使用するものじゃないですか?
>どのように考えても、「痛み」や「屈辱」を知らしめるために使用する言葉とは思えない。
『「痛み」や「屈辱」を知らしめ』られた人間は、普通「苦しむ」ものだと思う。自分のマイナス部分を(特に具体例付きで)突き付けられた場合は特に。
「痛みや屈辱を知らしめて苦しめる」ための手段としては(理性的な効果はさておき)「感情的な言葉」もアリだろう。あとは指摘自体が的を得ているかどうかの問題。
上記引用部分は、その意味で私の価値観とは真逆。
しかし何というか、いいペースですな。「ご自愛を」。
以下stachyoseさんの発言引用
[2008年08月04日 08:51]の私のコメントで「ただ感情をぶちまけているだけだから」といっているので、感情をぶちまけること自体がよくないことであるかのように読み取られて当然だと思います。だからその後の対応を以って不自然だという評価は甘受します。
引用終了
そうですか。おそらく「こういうつもりで言ったけど表現的に正しくなかった」ということでしょう。
そのような意味であれば納得しました。
以下引用
しかし、話をすり替えているつもりはありません。既に説明したように、『感情をぶちまけた時に放たれた言葉による影響を考えるべき局面で』+感情をぶちまけたから、幼稚だといいました。感情をぶちまけたことを理由にしているのは今も変わりません。『』内のことを補ったのであり、理由をすり替えたという認識はもっていません。
引用終了
ところで、今度は新しい設定が出てきましたね。「感情をぶちまけた時に放たれた言葉による影響を考えるべき局面で」という設定です。
さて、貴殿は話の内容を知らなかったらしいですね。そのような局面であるか否か、どうやって判断したのかお聞きしたい。
以下引用
さすがに、常識的に考えて、感情を表現すること自体を否定することはできません。
これ以上の弁明はできませんから、それでも評価が覆らないのなら、どうしようもないと思っています。
引用終了
弁明をするほど前回を払拭できても新しい不自然さが出てくるので、評価はまだできません。
以下引用
>stachyoseさんはそんな「将来への影響」とか不確定な事を考慮するくせに目の前の人間への配慮が全くないので幼稚なことこの上ない。
不確定な事を考慮するのも発言の責任だと思います。起きてからでは遅いでしょう。
A.Kirishima さんは、どういった配慮をするべきだったとお考えでしょうか?「幼稚」という言葉によって積極的にどういった悪いことが考えられますか?相手に納得させるための手法として拙いというのなら分かりますけど。
引用終了
えーっとですね、目の前の人にどうであれ配慮できない人が「不確定な事を考慮する」のはおかしくないですか?「何かを言われて感情ぶちまけるほど追い詰められた」目の前にいる人はすでに事実。「死ねと言われたから死ぬかもしれない」という事実としてなっていない事を考慮する事もたいへん結構ですが、優先すべき順序が逆なんですよ。・・・この点、前回書いた僕の発言は正しい表現ではありませんでした。申し訳ない。
僕がわざわざ「幼稚」という言葉をstachyoseさんに対して使った事にどうお考えですかな?あまり良い気分ではないでしょう。これが予想される悪い事態です。この点、「死ね」という言葉と共通して「相手に配慮をしていない」ということなのですよ。
ここに「言葉の重さ」は重要ではありません。言葉を投げる相手に配慮をしていない人が「言葉によって相手がどう動いてしまうか考慮しろ」と言うこと自体がおかしいのです。僕が提案する配慮とは「言葉を選ぶ」です。それを実行した場合、貴殿が言うべき言葉は「幼稚だ」ではなく、「さすがに 死ね は言い過ぎではありませんか?ご自重ください」等、諌めの言葉だっただろう、と言っているのです。
>しかし、「死ね」と言われれば、文字通り「自ら命を絶て」ということが
>メッセージになるのであり、「痛み」と「屈辱」と「恐怖」を知らしめる
>ためなのだと理解して聞く人はいないと思いますよ。
まあ、「経緯を理解」せずに「物事の一面だけを切り取って」認識すると、このようになるといういい見本でしょうか。
何でもかんでも「死ね」などと言うのは駄目、という価値観の人間があえて、それにより受ける評価にも甘んじて使用する「死ね」という言葉での糾弾……その「経緯を理解」できない限り、「これ以上」「責めたってしょうがないとは思いますが」と言いつつ延々と続くのかなあと。
「時と場合による」を自分以外には適用してくれない相手にものの是非を納得させるのは大変だなあ、とちょっと思ったり。
>「痛みや屈辱を知らしめて苦しめる」ための手段としては(理性的な効果はさておき)「感情的な言葉」もアリだろう。あとは指摘自体が的を得ているかどうかの問題。
同感。馬鹿なことを言っているのであれば苦しめられて当然。
この馬鹿奴等が錦の御旗にしている「言論の自由」というのは「何を言ってもネガティブな評価をされない」事では断じてない。
まあ、この件に関してはさららさんが謝っちゃったからなあ。おいらは謝るべきではないと思ったけどね。